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ドイツ語特許翻訳の世界(11)

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トランスユーロ株式会社
代表取締役 加藤 勇樹

 引き続きGießen についてお話をしますが、今回取り上げるのは、金属材料のGießen ではなく、プラスチック材料のGießen です。プラスチックのGießen も金属同様に、ドイツのものづくりのカテゴリでは「Urformen(一次成形)」に属します。

1.プラスチックのGießen

 ものづくりシリーズの最初に触れたように、Gießen という技術は、金属材料だけではなく、プラスチック材料(合成樹脂)に対しても使用されます。ところが、日本では、最初にGießenの技術にまつわる訳語にやたらと「かね(金)へん」の付いた「鋳」という漢字を当てはめてしまったため、プラスチック(Kunststoff)に対しては非常に使いづらい用語になっており、翻訳者と しては、流し込む材料(Gusswerkstoffe)が金属なのかプラスチックなのかをきちんと見極めてから訳す必要があるというお話をしました。

 また、もう一つの問題として、プラスチックによく使われる「射出成形」についても触れましたね。ドイツ語では射出成形を「Spritzgießen」と呼んでいて、ここにもGießen とう用語が使われており、「射出成形」は、ドイツ語ではあくまでもGießen の概念の延長上にあるということです。なので、ドイツ語の明細書には「Gießen, insbesondere pritzgießen」(「Gießen, 特にSpritzgießen」)という表現が出てきて、翻訳に困ってしまう事態になる、という話もしました。

 これらの問題を考える場合、まずはGießen の基本概念をおさえておくことが肝要かと思います。Gießen とは、一般的には「注ぐ」とか「流し込む」という意味ですが、技術用語としては、材料を型に流し込んで特定形状の固形の製品を生み出すという一次成形法のことですので、まずは基礎となる技術概念として「流し込み成形」という用語を決めておくのはいかがでしょうか。流し込む材料が、金属だろうが、プラスチックだろうが、セラミックスだろうが、材料に関係なく基本概念は「流し込み成形」です。そして材料が金属であれば、「鋳造」という用語に変化させればよいのです。

2.射出成形(Spritzgießen、Spritzguss)

 「射出成形」についても、同様の考え方で、基本概念「流し込み成形」から出発して考えてみましょう。つまり、射出成形とは、材料に圧力をかけて型内に注射式に「流し込む」成形方法ですので、やはり基礎となる概念は実は「流し込み成形」なのです。なのでドイツ語の「Gießen,insbesondere pritzgießen」という表現は、ごく自然の繋がりであると云えます。ですので、「Gießen, insbesondere Spritzgießen」ときたら、何らビビることなく、たとえば「流し込み成形、特に材料を射出して流し込む射出成形」とか「流し込み成形、特に材料を注射式に流し込む射出成形」などと共通概念の「流し込む」という用語をベースに訳を組み立ててみてはいかがでしょうか? こうすれば、日本語で両者を「特に」で繋いでも違和感がないように思います。
・ Der Borstenträger werden durch Gießen, insbesondere Spritzgießen erzeugt und die Borsten anläßlich des Gießens durch Einbetten in den Kunststoff am Borstenträger befestigt. (DE19834055A1)
(剛毛支持体は、流し込み成形、特に材料を射出して流し込む射出成形によって形成され、剛毛 は流し込み成形の際に、プラスチック内に埋め込まれることにより剛毛支持体に固定される)
 射出成形は、日本では昭和初期の1930 年代にドイツから射出成形機(Spritzgießmaschine)を輸入したのが始まりとされています。特に戦時中の1943 年、ドイツ潜水艦U ボート(U-Boot)で日本へ輸送されたIsoma 射出成形機は、日本の射出成形技術の発展に大きく寄与したと云われています。その当時に、Spritzgießen 原文通りに「注射式流し込み成形」といった感じにGießen を生かした訳付けをしておいてくれれば大変助かったわけですが、今さら言っても後の祭りですね。

 また、近年、射出成形は目覚ましい進歩を遂げており、様々な応用技術が生まれています。その一つに「インサート成形」というものがあります。上の例文の場合もそうですが、これは、射出成形する際に、あらかじめ金型内に異種材料(金属部品)を挿入しておき、この金型内に可塑化したプラスチック材料を流し込むことにより、金属部品をこのプラスチック料によって取り囲んで被覆したり、埋め込んだりする技術です。まさに金属の鋳造技術における「鋳ぐるみ(Umgießen)」のプラスチック版ですね。このように別部品をプラスチックの射出成形により樹脂被覆する技術を、ドイツ語では「Umspritzen」と言います。前綴りum- はこの場合、非分離前綴りで「取り囲む」という意味です。spritzen 「射出する」という意味です。つまり「Umspritzen」は、「射出成形により取り囲む」という意味ですね。

3.訳し方に要注意の「Umspritzen」!

 このUmspritzen の技術は、特許明細書において頻繁に目にするのですが、実は訳し方に要注意の動詞です。公報などを見ていても、時々、間違った訳し方をされているケースを目にします。技術的に全く違った意味になってしまう危険があるので注意が必要です。

・ Bei der Herstellung wird der Aktor 10 zum Schutz gegen mechanische Beschädigungen mit Kunststoff 1 umspritzt.(EP1420467A2)
(製造時に、アクチュエータ10 は、機械的な損傷に対する保護のために、プラスチック1の射出成形によってこのプラスチック1 によって取り囲まれる)

上の文章は、受動形で書かれており、「主語のder Aktor 10がプラスチック1 で(mit)umspritzen される」と書かれています。これは、一見すると、Aktor(アクチュエータ)10 が射出成形されるように読めますが、しかし、下の図を見てください。図中の符号1 がプラスチックです。この部分の断面は、太線と細線が交互する斜線で描かれていますが、この太細交互の斜線(ハッチングSchraffierung)こそは、実はこの部分がプラスチックからできていることを表します。つまり、射出成形されるのは、プラスチック1 であって、アクチュエータ10 ではないということです。



となると、ポイントはこの動詞の用法にあるのです。実は、他動詞umspritzen に関しては;「den Aktor mit Kunststoff umspritzen」=「Aktor をKunststoff の射出成形によりこのKunststoff によって取り囲む(被覆する、埋め込む)」という用法が成り立ちます。受動形の文章では;
 「Der Aktor wird mit Kunststoff umspritzt.」=「Aktor はKunststoff の射出成形によりこの Kunststoff によって取り囲まれる(被覆される、埋め込まれる)」
という訳が成立します。他動詞だからと云って4 格目的語を「~を射出成形する」と訳すと、Aktor を射出成形することになり、大きな誤りです。射出成形されるのは、あくまでも前置詞mit の係る対象(この場合はKunststoff)であり、これが4格目的語の対象(Aktor)を取り囲むように射出成形されるわけです。
 これは、前綴りum- が「取り囲む」という意味で使われている他動詞によく見られる現象ですので要注意です。たとえばumströmen(etwas4 の周囲にmit を流す)なんていう動詞もそうです;
 Das Gebäude wird mit dem Luftstrom umströmt.
(その建物を巡るように空気流が流される;その建物は空気流によって周囲を流過される)
 いかがでしょうか?「流される」のは、もちろん空気であって、建物ではありません。このタイプの動詞は用法を間違えると、全く違う意味になってしまうので是非とも気をつけてください。

・ Zwei elektrische Kontaktelemente werden während des Kunststoffspritzgußprozesses des Anschlußteils 40 mitumspritzt und im Kunstsoff eingebettet.(DE19827136A1)
(2 つの電気的なコンタクトエレメントは、接続部分40のプラスチック射出成形プロセスの間、プラスチックによって一緒に取り囲まれ、このプラスチック内に埋め込まれる)

・ das kunststoffumspritzte Spulenteil(WO2006/061268)
(プラスチック射出成形時にプラスチックにより被覆されたコイル部分)

 さて、um- 以外の前綴りの場合はどうか見てみましょう。原則的にeinspritzen はumspritzen と同じ用法となりますが、anspritzen やaufspritzen の場合には、4格目的語をそのまま「射出 成形する」と訳して構いません。なんだか迷ってしまいますよね。

・ Eine erste Stromschiene 35 und eine zweite Stromschiene 36 ist in die Umspritzung 4, welche das Kraftstoffzufuhrelement 2 umgibt, mit eingespritzt.(WO2013/143750)
(第1 のバスバー35 および第2 のバスバー36は、燃料供給エレメント2 を取り囲む射出成形被 覆体4 の射出成形時に、この射出成形被覆体4内に一緒に埋め込まれている)



※ etwas in 4 A einspritzen =「etwas をAの射出成形によりA 内に埋め込む」( 用法は umspritzen と同じです)

・ Der elektrische Anschlußstecker 46 wird im Kunststoffspritzgußprozeß zur Herstellung des Anschlußteils 40 an dem Brennstoffeinlaßstutzen 42 mitangespritzt.(DE19712591A1) (電気的な接続コネクタ46は、接続部分40を製作するためのプラスチック射出成形プロセスに おいて燃料流入管片42に一緒に一体射出成形される。)
※ etwas an 3 mitanspritzen =「etwas をan3 に一緒に一体射出成形する」
 (an 3 anspritzen =「an 3 に一体射出成形する、an 3 に固着するように射出成形する)




それから、金属とプラスチックではなく、異なる2 種のプラスチック材料を使って射出成形 を行う2 コンポーネント射出成形(Zweikomponentenspritzguss)と呼ばれるものもあります。 この場合には、第1のプラスチック材料の上に第2 のプラスチック材料を射出成形して固着させます。
・ Der zweite Kunststoff ist auf den ersten Kunststoff aufgespritzt.(DE10239319A1)
 (第2のプラスチックは、第1のプラスチックに被着するように射出成形されている)
※ etwas auf 4 aufspritzen =「etwasをauf4に被着するように射出成形する」

 また、半導体技術において電子回路などを樹脂封止する際にトランスファ成形という射出成 形に似た技術が使用されますが、トランスファ成形はドイツ語でSpritzpressen と云い、やはり「Spritz(射出)」という表現を使っているので、トランスファ成形により電子回路を封入する場合にもumspritzenと云う場合がありますので、これも要注意ですね。

 というわけで、やはり頭を悩ますのは、「前綴り+ spritzen」動詞ですかね。私もdarüber zerbreche ich mir auch oft den Kopf です。しかし、技術的な知識の蓄積さえあれば、何が射出成形されて、何が取り囲まれるのかに気付くはずです。ということで、やはり特許翻訳者に 求められる要件は、ドイツ語の語学能力はもちろんのこと、それを補う技術的な常識や知識ということになるのでしょうか。両者が揃ってはじめて良い仕事ができると云えます。ただ、語学好きにとっては、ドイツ語の前綴りや前置詞は、ドイツ語の醍醐味を味わえるとても魅力的な要素です。前綴りや前置詞にウェイトのある文章は、まさにドイツ語翻訳者の腕のせ所、と云ったところでしょうか。 Uf Widerluege !