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ドイツ語特許翻訳の世界(2)

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トランスユーロ株式会社
代表取締役 加藤 勇樹 

1.Im wesentlichen についての追記

前回、ドイツ語の「少なくとも実質的に平行に」(mindestens im wesentlichen parallel)という表現について触れましたが、少々付け加えておくと、場合によっては明細書中に「実質的に~」の定義が記載されていることもあります。先日見かけたものは、「(被駆動要素の)運動方向A 、アクチュエータの長手方向に対して垂直もしくは実質的に垂直である。この場合、『実質的に垂直』とは、運動方向A とアクチュエータの長手方向との間の角度が直角または90 ゜から僅差のずれを有することを意味し、特に直角から< 5%のずれを有することを意味する。

(Die Bewegungsrichtung A ist senkrecht bzw. im Wesentlichen senkrecht zur Längsrichtung der Aktoren. Der Begriff ,im Wesentlichen senkrecht’ bedeutet hierbei eine geringfügige Abweichung von einem rechten oder 90 ゚-Winkel zwischen der Bewegungsrichtung A und der Längsrichtung der Aktoren, und insbesondere eine Abweichung von weniger als 5% vom rechten Winkel. )」というものです。  

この場合の「実質的に垂直」とは、特に直角(90 ゜)から<5%の誤差を有する「ほぼ直角」に相当するものと云えます。つまり、直角(90 ゜)から<5%の誤差を有する角度が、「実質的に垂直」と云える角度であると定義されており、正確に垂直でなくとも、この「実質的に垂直」と云える角度が維持されれば、この発明の効果は問題なく得られるわけです。

「im wesentlichen」は、その使い勝手の良さから、ドイツ語の明細書中では、構成や位置関係などを規定する上で、ある意味欠かせない存在となっているようですが、このように「実質的に」の正体(具体的な数値)が明細書中に明かされているものは実は極めて希です。多くの場合、「im esentlichen」は、その正体を明かさないまま、覆面ジョーカー的に文中に挿入されており、翻訳者泣かせ、審査官泣かせの謎めいた表現であることに違いありません。

2.Verbindung という用語について

それでは、今回からはドイツ語の具体的な技術用語について説明していきたいと思います。今回、取り上げるのは、Verbindung という名詞です(※ドイツ語では必ず名詞の頭文字を大文字で書きます!)。Verbindung は元来「結びつき」という意味です。動詞verbinden(mit ~に結びつける)から来ています。これは、なにも物と物の結びつきに限ったものではありません。電話で誰かに繋ぐこともVerbindung だし、「電車の接続が悪い」なんて云うときの「接続」もVerbindung だし、人と人の繋がり(コネ)もVerbindung です。

特許翻訳の世界で見てみると、機械、電気、物理、光学などの分野では「結合」とか「接続」などと訳し、化学分野では原子間の「結合」の他に「化合(物)」などとも訳します。必ずしも物と物が実際に触れ合う結合だけを意味するのではないので、電気的なVerbindung や、ハイドロリック(液圧)的やニューマチック(空圧)的なVerbindung ついては、「接続」とか「連通」などと訳したほうが分かり易いかもしれません。

3.Wirkverbindung の怪

上で説明したように、Verbindung は、人間関係などにも使われる幅広い用語なので、非常に抽象的な表現として使われることも多いようです。特にドイツの特許請求の範囲には、非常に機能的、抽象的な表現が多いのでVerbindung の用法には要注意です。たとえば「A部材はB部材とWirkverbindung の関係にある」(Der Bauteil A steht in Wirkverbindung mit dem Bauteil B.)などと云う表現が特許請求の範囲において頻繁に見られます。「Wirk」とは「作用」の意味なので、Wirkverbindung は、直訳すると「作用結合」という日本語になります。そうすると、上の文は「A部材はB 部材と作用結合の関係にある」とか「A部材はB部材と作用結合している」という訳になります。「ん、作用結合??」と思われるでしょうが、ようは、A部材はB部材と「作用」という点で結びついているという意味です。これはもの凄く広い意味を持ちます。両部材が互いに接触していようがいまいが関係なく、とにかくA部材は、B部材と何らかの作用を及ぼすような関係(結びつき)にあれば良いわけですから。

特許庁HPの特許情報プラットフォームの「特許・実用新案テキスト検索」において「作用結合」をキーワードに検索をかけてみたところ、公開特許公報だけでも約1000件のヒットがありました。その多くがドイツの出願人であることから、この用語がドイツ語特有の表現であることが推測されます。

特許庁の審査第二部における意見交換会においても、このWirkverbindung が、分かり難いドイツ語表現の1 つとして挙げられました。実際に明細書中で使われている例を見てみましょう。下の図は、内燃機関の可変バルブ機構のガス交換弁用の弁駆動装置を示しています。



上の図から判るように、この可変バルブ機構では、複数のローラ62,68,82が、それぞれ対応する転動面に載置されています。これらのローラはこの転動面に沿って転動することにより、リンク機構と協働して変位するようになっています。ドイツ語明細書中では、これらのローラと転動面との間の関係が全てWirkverbindung により表されていました。たとえば図面の右側には、吸気弁もしくは排気弁であるガス交換弁26の開閉運動を行うためのカムシャフト40が図示されていますが、このカムシャフト40は、中間アーム64に取り付けられた、回転可能な第1 のローラ62とWirkverbindung の関係にある、と表現されていました。このWirkverbindung を「作用結合」と訳したところ、この表現は不明りょうであると指摘されました。「作用結合とは何か?」「この場合は、結合ではなく、単に接触しているだけではないか?」ということです。もちろん、この例の場合にはローラ62とカムは接触していて、カムの運動がローラ62介して中間アーム64伝達され、さらにこの中間アーム64 の下部に接触している別のローラ68 と、旋回アーム72 とに伝達され、ひいてはガス交換弁26 の往復運動を生ぜしめるようになっています。しかし、上で申し上げたように、Wirkverbindung 体の概念は、接触しているかどうかは関係ありません。そもそも、そういう次元の表現ではなく、極めて抽象的・観念的な表現なのです。この場合には、カムシャフト40が、第1 のローラ62と何らかの作用を及ぼすような関係(結びつき)にある、と云っているだけです。

そして、表現が観念的・抽象的であることもさることながら、審査する側からすると、どうやらこの「結合」という言葉にも抵抗があるようです。「結合」=「物と物の固着」というイメージが強いようで、この場合には、第1 のローラ62がカムシャフト40のカムに固着されているような構成を思い描いてしまうようです。ただ、日本語でも「光結合」や「磁気結合」のように、機械的には接触していないのに「結合」という表現を使用している技術用語もあるのですけどね。
この場面ですが、実は請求項1 では、対応する構成として「中間アーム64はカムシャフト40の外周輪郭と作用結合されており」としか記載されておらず、なんと「ローラ」すら登場しません。こうなると、もう、アームがカムシャフトにくっ付いているという奇々怪々な構成しかイメージできなくなってしまうのも無理ありません。

もう1つ例を出しましょう。次は自動車の燃料噴射弁です。下の図に示されているのは、直噴用の火花点火式の内燃機関に使用される燃料噴射弁1です。圧電式のアクチュエータ4に電圧が印加されると、アクチュエータ4が伸長してアクチュエータピストン9を軸線21に沿って噴射方向(図面で見て下方)に押圧します。これによって、アクチュエータピストン作業面25が、業室10内に充てんされている圧力媒体を介して、ストロークピストン15のストロークピストン作業面26を噴射方向に押圧するので、



弁閉鎖体19が弁座体18から引き離され、燃料が噴射されます。アクチュエータピストン9とストロークピストン15とは、互いに直接には接触していませんが、両部材の間に形成された作業室10内に充てんされた圧力媒体によってアクチュエータピストン9のストロークがストロークピストン15に伝達されるようになっています。アクチュエータピストン作業面25とストロークピストン作業面26との面積比に基づいて、ストロークの増幅比が決定されます。このように圧力媒体で充てんされた作業室10は、一般に「ハイドロリック式のカプラ(hydraulischer Koppler)」と呼ばれていますね。このアクチュエータピストン9とストロークピストン15との関係も、特許請求の範囲では、やはり「圧力媒体を介してアクチュエータピストン9に作用結合(Wirkverbindung)されているストロークピストン15」と表現されていました。すなわち、ストロークピストン15は、アクチュエータピストン9と何らかの作用を及ぼす(受ける)ような関係(結びつき)にあるわけです。これも、やはり「作用結合」という表現が「固着している」と解釈されてしまうと、ストロークピストン15 はアクチュエータピストン9とが、くっ付いているようなイメージを与えてしまいます。

そこで、特許庁審査第二部における意見交換会では、in Wirkverbindung mit etwas (3) stehenについては、「作用結合されている」とか「作用結合の関係にある」というよりは、むしろ「~と(相互)作用関係にある」くらいの表現が良いのではないか、という意見が多勢を占めました。そうなると、第1 の例では「カムシャフト40は、回転可能な第1のローラ62と相互作用関係にある」という訳になり、特に請求項1の記載は「中間アーム64はカムシャフト40の外周輪郭と相互作用関係にあり」という訳となり、奇々怪々なイメージは払拭されます。第2の例でも「圧力媒体を介してアクチュエータピストン9と相互作用関係にあるストロークピストン15」というような訳になり、これで少なくとも、「結合 ⇒固着」という誤解を与える心配はなくなります。他にも、ちょっとニュアンスが変わりますが、「~と協働する」(mit etwas (3)zusammenarbeiten)などの訳語も考えられます。「協働」は、たとえば「弁閉鎖体は、対応する弁座面と協働してシールシートを形成する」のように、ペアになって一緒に働いて何か1つのものを造り上げる(成し遂げる)という動作を表すのが一般的で、そのもの同士が「相互作用関係」にあるとは限りません。

いずれにしても、優秀な翻訳者が如何に上手く訳そうが、会心のロックな名訳をひねり出そうが、このWirkverbindung という表現自体が、極めて抽象的な表現であることに変わりありません。相互作用関係と云っても、具体的にどのような作用を与え合うのかは全く不明です。第1の例では可変バルブ機構におけるカムシャフトとローラとの関係であり、第2の例ではピエゾアクチュエータ式のインジェクタにおけるアクチュエータピストンとストロークピストンとの関係であるので、作用」の中身は、当業者であれば、もしかしたら自明であるかもしれません。しかし、だからといって、文字に書かれていないその中身の内容を翻訳者が勝手にズラズラと書き並べるわけにもいきません。というわけで、Wirkverbindung もまた、翻訳者泣かせ、審査官泣かせの表現であることは間違いないようです。余談ですが、こう考えると、人間関係のコネなどは、まさにWirkvebindung ですよね。

次回は、引き続き、Verbindung にこだわり、ドイツにおける結合技術(Verbindungstechnik)についてお話する予定です。ここにも、やはり翻訳者泣かせのドイツ特有の技術概念が含まれており、とりわけその中でも代表格のFormschluss(形状結合)やKraftschluss(摩擦結合)については、少々深く掘り下げてお話する予定です。