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ドイツ語特許翻訳の世界(4)

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トランスユーロ株式会社
代表取締役 加藤 勇樹 

のっけから脱線しますが、前回、戦時中ロンドンに潜入したドイツ人スパイが美しい月を見て、うっかり「He is beautiful !」と口を滑らせ、ドイツ人であることが発覚してしまったというエピソードと共に、その萌える男性名詞説をご紹介しましたが、もしもこのスパイがイギリスではなく日本に潜入していたとして、同じことを日本人女性の前で日本語で語ったとしたら一体どうなっていたか?という妄想シチュエーションを検証してみたいと思います。何故ドイツ人が日本に?、外見バレるだろ?、などの細かい矛盾はさて置いて妄想してみると、日本語には性がないので、この場合、月はそのまま「月」と表現することになり、英語-ドイツ語のような性の違いに起因した問題は生じません。しかしその代わりに、考えようによっては、それ以上に相手に大きな誤解と衝撃を与える表現になるかもしれない、という驚愕の事実に気付いたのです。だって、舞台が日本だったらこのスパイは日本語で「月が綺麗ですね~!」というセリフを放ったに違いありませんからね!

・・・失礼しました。では、いよいよ今月は結合技術の最後の難関に入ります。「Fachkunde Kraftfahrzeugtechnik」( 第29 版、2009 年、出版社Verlag Europa-Lehrmittel, Nourney, Vollmer GmbH)、「Tabellenbuch Kraftfahrzeugtechnik」( 第14 版、2003 年、出版社Verlag Europa-Lehrmittel, Nourney, Vollmer GmbH) よびインターネットWikipedia の「Verbindungstechnik」等の記載をベースにしてご説明します。

1.3 「結合原理に応じた分類(Einteilung nach der Verbindungsprinzip)」

 「結合原理に応じた分類」には、以下の3 つのカテゴリが存在します;
・ 「Reib-(Kraft)schluss(摩擦結合)」
・ 「Formschluss(形状結合)」
・ 「Stoffschluss(材料結合/素材結合)」

上の3つの結合原理は、ドイツで機械工学を学んだ人なら必ずご存知のはずですが、日本には、このような分類は存在しません。したがって、上記括弧内の訳語は、当然ながら日本では耳慣れない用語ですので、これらの用語を特許明細書に記載しても、なかなか理解してもらえない場合があります。特許庁の審査第二部における意見交換会においても、この分類が大きくり上げられました。

特許庁HPの特許情報プラットフォームの「特許・実用新案テキスト検索」において検索をかけたところ、「形状結合」「形状接続」は、約4600件のヒット、「摩擦結合」「摩擦接続」は約5600件のヒット、「材料結合」「材料接続」は約1400件のヒットがあり、そのいずれも、ほとんどがドイツの出願人のものでしたので、やはりこれもドイツ固有の技術用語であることが判ります。

上のドイツ語を見てお分かりのように、上記3 つの結合形式はそのいずれも「~ schluss」という語尾で表されています。「Schluss」は何かを「結ぶ」こと、「締結する」ことを意味しますので、「Reib-(Kraft)schluss」は「摩擦(Reib)で結ぶこと」、「Formschluss」は「形状(Form)で結ぶこと」、「Stoffschluss」は「材料/ 材(Stoff)で結ぶこと」という基本概念になります。それぞれ、形容詞にすると、reib(kraft)schlüssig、formschlüssig、stoffschlüssig という形になります。

1.3.1 「 Reib-(Kraft)schlüssige Verbindungen(摩擦結合式の結合)」

摩擦結合式の結合とは、たとえばねじ結合、プレス結合、締付け(クランプ)結合、摩擦クラッチなどを指します。接触面における摩擦が、力を伝達するのに十分な大きさとなるように、接合要素を互いに押圧することにより形成されます。接触面同士の間に作用する摩擦力は、作動時に発生する、両接触面を互いにずらそうとする力よりも大きくなければなりませんすなわち、接合しようとする面に対する垂直抗力が必要となります。
 摩擦結合の例1:親指と人差し指との間に物を挟んで保持すること(締付け)
 摩擦結合の例2:単板クラッチ(Einscheibenkupplung)
作動時にクラッチ板はクラッチプレッシャプレートによってフライホイールに押圧されるので、フライホイールとクラッチプレッシャプレートとにおける周方向力が、クラッチ板へ伝達されるようになります。クラッチが踏み込まれると、摩擦結合は遮断されます。



なお、「摩擦結合」はドイツ語でReibschluss ともKraftschluss とも言います。「Reib」は「摩擦」という意味なので、そのまま「摩擦結合」という訳になるのですが、「Kraft」は本来「力」という意味なので、Kraftschluss を直訳すると「力結合」になります。結合技術においては、力伝達のために主として摩擦力しか用いられないので、多くの場合これも「摩擦結合」と呼びますが、しかし「力結合」とは、「力により結合すること」なので、厳密には「摩擦結合」よりも広義の意味となります。力結合は、適当なプリロード(予荷重)を加えることにより生じる力を用いて結合すると全般を意味します。Kraftschluss の維持は、純粋に粘着力によってのみ保証されます。たとえば路面に対するタイヤのグリップも、Kraftschluss と云えます。接線方向に作用する負荷力が、静摩擦力よりも大きくなると、Kraftschluss は解消され、接触面は互いに滑ります。鉄道のレールと車輪との間の関係もKraftschlussです。両者の間の「粘着係数」は「Kraftschlussbeiwert」と言います。

1.3.2 「 Formschlüssige Verbindungen(形状結合式の結合)」

形状結合式の結合とは、たとえばピン結合、平行キー結合、スプライン結合などを指し、加えられた力が、接合要素の、互いに嵌合し合う幾何学的な形状によって伝達され得るように接合要素同士を結合することです。つまり、形状結合は、結合されるべき両接合要素の、幾何学的に規定された形状を互いに係合させる(Ineinandergreifen)ことにより形成されま。負荷により生ぜしめられる力(押圧力)は、接合面に対して直角に伝達されます。
形状結合の例:スプライン結合(Keilwellenverbindung)
スプライン結合の場合、フライス削りされた軸断面の歯が、対応するハブ断面の溝内に係合し、軸からハブへ周方向に力を伝達します。



また、「ねじ結合」(Schraubverbindung)ですが、ねじ山(Gewinde)同士が係合(螺合)するので、形状結合であると思うかもしれませんが、ねじを締め付けることによって、接触面に対する垂直抗力が高められ、ひいては摩擦力が増幅されるので、基本的には摩擦結合とみなされます(※ドイツの文献によっては、「形状結合または摩擦結合」としたり、「形結合+摩擦結合」としているものもあります)。



1.3.2′ 「 Vorgespannt formschlüssige Verbindungen(プリロードをかけられた形状結合式の結合)

というのもあります。これは、たとえば半月キー(Scheibenfeder)を用いた軸・ハブ結合などを指します。両接合要素は摩擦結合式にかつ形状結合式に結合されます。力の伝達は、まず両接触面における摩擦に基づき、摩擦結合により行われます。静摩擦だけでは十分でなくなると、力伝達は付加的な形状結合により保証されます。



1.3.3 「 Stoffschlüssige Verbindungen(材料結合式の結合)」

材料結合式の結合とは、溶接結合、ろう接、接着などを指し、この場合、両接合要素は、作動時に生じる力が、凝集力および粘着力によって伝達されるように結合されます。ようするに、結合されるべき両接合要素の間には、分子力(凝集力、粘着力)が作用するわけです。溶接結合では、接合された両接合要素の接触面が互いに溶着されます。ろう接結合の場合に、両接合要素の接合面が、ろうと合金化します。「接着」は、接着剤(非金属物質)を用いて同種または異種の材料を解離不能にかつ材料結合式に結合することです。結合の強さは、接着剤中での凝集力(Kohäsionskräfte)ならびに接着剤とワークの接合面との間の粘着力(Adhäsionskräfte)に依存します。



以上ご説明した3 つが、ドイツ固有の「結合原理に応じた分類」です。そして、これらのカテゴリが特許明細書中でどのように記載されているかというと、たとえばこんな感じです;
例)特開2006-105395 の請求項3:『連結エレメント(2)が、予負荷された形状結合部又は摩擦力結合部又は素材結合部又は解離可能な結合部を用いて、軸(1)と結合されている』
これなどは、ドイツの結合カテゴリが総出演しているような構成ですよね。「予負荷された形状結合」とは、上でご紹介した「プリロードをかけられた形状結合」と同義であり、「素材結合」は「材料結合」と同義であると思われます。「解離可能な結合」は前回説明した通りです。これだけ漠然と羅列されても、やはりそれぞれのカテゴリの内容をきちんと理解していないと、「何のこっちゃ?」という感じになりますね。

 では、このようなドイツ固有の「結合原理に応じた分類」を紹介している日本の技術書や機械工学書や教科書はないのか?、と言われると、実質的には皆無であると申し上げるしかありません。ただし、ドイツ語からの翻訳書であれば、幾つか存在しているようです。たとえば;
① 「精密機器の要素I」(1957 年10 月20 日、前田禎三訳、東京図書株式会社発行)
② 「図解 工学・技術の公式」(平成16 年5 月25 日、株式会社技術評論社発行)
③ 「ボッシュ 自動車ハンドブック 日本語第3 版」(2011 年11 月30 日、株式会社シュタールジャパン発行)

上記①は、ドイツで出版された「Bauelemente der Feinmechanik」( 第2 版、O.Richter,R.v.Voss 著、VDI-Verlag GmbH, Berlin)という古い技術書の翻訳書です。上記②は、やはりドイツの「Netz, Formeln der Technik, 2. Auflage」(H.Netz 他著、Carl Hanser Verlag, Munich)という技術書の翻訳書です。上記③は、ドイツの自動車部品メーカであるRobert Bosch 社の「Kraftfahrtechnisches Taschenbuch」の英語第8 版およびドイツ語第27 版の翻訳書です。

たとえば「Formschluss」について見てみると、①では「形状結合」、②では「形状締結」、③では「形状密着結合」と訳されています。また、日本での特許翻訳の際に、これらの翻訳書を利用している事例もかなりあるようです。たとえば、Formschluss の訳として「形状結合(形状による束縛)」とか「形状結合、すなわち形状による束縛」などと訳している事例(特開2015-010820、特表2009-522152 等)が割と頻繁に見受けられます。これは上記①の翻訳を参照しているようです。上記①の翻訳書を読むと、たしかに「形状結合」と「力結合」のくだりで、「形状結合(形状による束縛)」とか「力結合(力による束縛)」という記述が存在します。しかし、元となったドイツの技術書の、対応するドイツ語原文には、このような括弧書きの記述は存在しないので、そらくこの「~による束縛」は、訳者が日本語版に書き加えたものであると推測されます。およそ60年前のこのような古い技術書をいまだ大切に保管している翻訳者の方々には敬意を表したいと思いますが、しかしその一方で、果たして「形状による束縛」なる付訳により、「形状結合」の理解度がバツグンにアップするのか?と考えると、ふーむ・・と唸ざるを得ません。接合要素同士が、形状によって互いに束縛される、ということでしょうが、何とも怪しい表でありますね。





ということで、次号からは、特にこの「Formschluss」と「Kraftschluss」の2 つに絞って、私なりにその暗黒の闇にロックなフォースの光を当ててみたいと思います。両者の違いや、別の訳し方、実際の明細書中での使われ方、細かい定義にまで踏み込もうと思います。

ところで、冒頭で放ったオチですが、これを理解できなかった翻訳者さんがいたとしたら、翻訳者としての資質を疑われかねません! 偉大なる文豪であり、偉大なる英語教師であった夏目漱石が泣きます!ちなみに、「月が綺麗ですね!」に対する萌える返答としては「死んでもいいわ!」(二葉亭四迷)というのがあるそうです。草々不備