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2020.08.26

特許翻訳

会長の翻訳講談シリーズ 1
ドイツ潜水艦Uボートで日本へ運ばれた伝説の射出成形機Isomaと「射出成形」という訳語


日本が本格的なコロナ禍(Corona-Krise)に襲われるその少し前の2月中旬、偶然にもドイツの伝説の射出成形機Isomaを見る機会を得ました。今回の「翻訳講談シリーズ1」は、このIsomaがなぜ伝説の射出成形機と呼ばれるのか、その所以をご紹介しようと思います。

射出成形機Isomaは、1943年(昭和18年)太平洋戦争の最中に当時の同盟国ドイツから潜水艦Uボート(U-Boot)で日本へ輸送された射出成形機であり、戦後の日本のプラスチック射出成形機の原点となったモデルと言われています。

伝説Isomaとの運命的な出会い

このようないわくつきの伝説の射出成形機なので、射出成形技術の教科書などには「射出成形の歴史」みたいなコーナーで必ず紹介されており、特にドイツ語特許翻訳者であれば一度は見聞したことがあるはずです。私も、以前、日本知的財産翻訳協会(NIPTA)発行のNIPTAジャーナル第144号(2017年6月号)の「ドイツ語特許翻訳の世界(11)」の記事の中で、この伝説の射出成形機Isomaに触れさせていただきましたが、実物を目にするのは今回が初めてでした。想定外の対面だったこともあり、思わず我を忘れて興奮し、Isomaとツーショット写真を撮ったりして歓喜していたところ、同行者には引かれるし、展示先の方々からも「そんなに喜んでいただけるとは・・・」と呆れ返られてしまう有様でした。この感激はやはり特許翻訳者ならではの特異的(変人的)な反応だったのでしょう。

射出成形(Spritzgießen)は、プラスチックを溶融させた状態で加圧し注射式に型内に流し込んで成形する技術です。1921年にドイツでブッフホルツ(Buchholz)が縦型の手動式射出成形機(die senkrechte Handspritzgießmaschine)を開発したのが始まりだと云われています。そして1933年ドイツのフランツ・ブラウン社(Franz Braun AG)が、熱可塑性樹脂(Thermoplast)用の横型の全自動式射出成形機(die horizontale vollautomatische Spritzgießmaschine)を開発しました。それがIsomaです。横型の機械は、金型が水平方向に開き成形品の取出しが容易になるので、Isomaは現在主流の横型射出成形機の原型となりました。

ドイツ潜水艦Uボート「U-511号」

そして、1943年、当時の日本海軍からの要請を受けて日本窒素肥料(株)が、このIsomaをポリスチレン製レーダー部品の成形に使用するためにドイツから購入しました。1943年と云えば、日本もドイツも戦局が悪化しつつある時期で、折しもこの時期に遠くヨーロッパからアフリカ大陸南端の喜望峰(das Kap der Guten Hoffnung)を経由してはるばる日本までIsomaを運んだのが、ドイツ潜水艦Uボート「U-511号」と云われています。27歳の若き艦長・シュネーヴィント(Schneewind)大尉他、東京へ向かう新任のドイツ大使やドイツ人技術者を含むドイツ人乗員約50人に加え、日本人も野村直邦海軍中将(のちに海軍大臣)と杉田保軍医の2名が乗船していたそうです。当時ドイツの占領地であったフランスのロリアン(Lorient)港を5月に出航し、途中「洋上結婚式」という珍しい行事を行いながら大西洋を南下し、6月上旬に喜望峰南方を回ってインド洋に達しました。インド洋は波が高く、浮上航行をしても時速10km/hほどしか出せなかったそうですが、途中米国商船2隻を魚雷で撃沈しています。7月16日に日本占領下のマレー半島のペナン(Penang)に到着し一息ついた後、南シナ海の危険海域を抜け、8月7日、U-511号は無事に3万km/90日の航海を終えて広島の呉港に到着しました。当時のディーゼル&蓄電池駆動の潜水艦で戦火の中、浮上と急速潜行を繰り返しながら敵地を潜り抜けて日本まで航行することがどれほど過酷なものだったのか想像を絶します。

U-511号に乗船して来日したドイツ人技術者により、当時の日本は船体の電気溶接技術や潜水艦に必要な防振防音技術を習得したそうです。このUボートはその後、日本海軍の艦籍になり「呂500」と命名されましたが実戦には投入されずに終戦を迎え、米軍によって若狭湾(福井県~京都府)に沈められました。そしてなんとこの潜水艦は、2018年に実施された若狭湾の海底調査で水深約90mの海底に眠っている姿が確認されており、今でも故郷から3万km離れた日本の海に眠っています。

Isomaは戦後日本で大活躍

こうしてはるばる日本へ運ばれてきた射出成形機Isomaですが、こちらは米軍により海底に沈められることなく戦後を生き延びました。戦後、まず日本窒素肥料(株)がこのIsomaをモデルとして全自動式射出成形機の量産に成功しました。これをベースに各社が新型の射出成形機を開発したので、ドイツのIsomaが日本の射出成形機の礎を築いたと云えます。その後、日用雑貨品の製造設備として活躍しましたが、1973年に旭化成(株)に寄贈され、化学遺産として保存され、現在は旭化成ケミカルズ樹脂研究所(川崎市)の1階玄関に展示されて引退後の余生を送っています。2018年には、上野の国立科学博物館にも展示されました。

第二次世界大戦の戦火の中、ヨーロッパからドイツ潜水艦によって海中を運ばれてきたIsomaですが、もしも途中で潜水艦が撃沈されてしまうようなことがあったら、Isomaは日本の地を踏んでおらず、日本の射出成形技術は大幅な遅延を余儀なくされたことでしょう。このUボートとIsomaの数奇な運命が日本の射出成形技術の発展に大きく寄与したことは間違いありません。そんな伝説を知っていたからこそ、偶然にIsomaと対面したときは我を忘れて感激し、不覚にも変人の烙印を押されてしまったのでした。

 

<伝説の射出成形機Isoma>(提供;旭化成株式会社)

伝説の射出成形機Isoma(提供;旭化成株式会社)

「射出成形」という悩ましい訳語

ところで、「射出成形」はドイツ語で「Spritzgießen」と云います。「gießen」とは、溶融させた材料を型に流し込み、冷やして目的の形状に固める成形技術で、日本では古来より「鋳造」と呼ばれ、その成形品を「鋳物」と呼んでいました。752年に建立された「奈良の大仏」は世界最大の鋳物の仏像です。本来「Gießen(casting)」という言葉は、たんに「流し込んで成形する」、つまり「流し込み成形」という意味しか持たないはずなのに、当時は材料といえば金属しか考えられなかったので、安易に「鋳造」や「鋳物」などと、かねへんの付いた「」の字を使ってしまったせいで、後世にプラスチック(Kunststoff)が登場したときにプラスチック成形技術の「Gießen」にこの訳語を使いづらくなってしまったという翻訳者泣かせの用語ですね。

さらに困ったことに、「射出成形」を意味するドイツ語「Spritzgießen」は「Spritz」(注射)+「Gießen」(流し込み成形)という形になっており、つまり「材料を注射式に流し込んで成形する」という意味なので、「Spritzgießen」はあくまでも「Gießen」の技術概念の一つ(下位概念)なのです。ですのでドイツの明細書を読んでいると、特許請求の範囲などに「Gießen, insbesondere Spritzgießen」(Gießen、特にSpritzgießen)という表現が出てきます。これをプラスチックだからといって「注型、特に射出成形」などと訳すと、日本ではカテゴリーの異なる概念の並記と捉えられて、不明りょう記載とみなされてしまうかもしれません。「射出成形」は恐らく英語の「injection molding」の訳語かと思います。材料を金型内に入れるのに「射出」というのも不自然なのですが、この点は目をつぶるとしても、せめて「射出式流し込み成形」くらいの訳語を付けておいてくれていたら、前出の翻訳も「流し込み成形、特に射出式流し込み成形」という感じにスムーズにつながるので、後世の特許翻訳者が苦労せずに済んだのになぁ・・・

などと、誰が決めたのかも判らない訳語を呪いながら、今月もテレワークを続ける毎日です。手を休めて、ふと、77年前の伝説のIsomaの航海に思いを馳せてみると、その決死の苦闘に胸が締め付けられる思いをすると同時に、やはり潜水艦内での「3密」生活が気になってしまうのは、コロナ時代の性(さが)でしょうか。

Fortsetzung folgt

 

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