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2021.09.08

特許翻訳

特許翻訳の落とし穴 -エピソード4~現代日本語は外国語の翻訳用に開発された書き言葉?


1. Nicht in die Falle der Patentübersetzung tappen !

今回ご紹介するエピソード4では、外国語の翻訳用に開発された現代日本語の書き言葉について考えてみたいと思います。

2. 現代日本語は外国語の翻訳用に開発された書き言葉?

ローコンテクスト文化言語からハイコンテクスト文化言語への変換システム

そもそも現代日本語の書き言葉自体、「訓読法」を利用した翻訳用の書き言葉であると言われています。柳父章氏著の「日本語をどう書くか」(令和2年7月25日株式会社KADOKAWA発行)という本によると、現代日本人は2つの日本語を使い分けているそうです。一つは、古来受け継がれてきた日常の「話し言葉」であり、もう一つが、外国文化を直訳し理解するために作られた「人工の書き言葉」であり、そしてこの「人工の書き言葉」こそ、「訓読法」を利用した翻訳用の書き言葉だというのです。

「訓読法」とは、つまり英語やドイツ語の一語一語を日本語で対応させ、順序をひっくり返し、テニヲハをつけて読み下す、という手法です。言うならば、ローコンテクスト文化言語の英語やドイツ語を、世界一ハイコンテクスト文化の言語である日本語に変換するために開発された便利な変換システムと云えるでしょう。特許翻訳の日本語は、ローコンテクスト文化言語の英語やドイツ語をベースに作られた、まさにこの人工の書き言葉の最たるものではないでしょうか。ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化についてはこちらをご参照ください。

3.「特許ライティングマニュアル」は人工の書き言葉を書く指南書?

特許明細書中の日本語書き言葉の指南書のひとつに、日本語から英語への機械翻訳(MT)用の日本語作成のための「特許ライティングマニュアル」(Japio特許情報研究所)という指南書がありますが、これなどは、まさに、人工の日本語書き言葉用のマニュアルでしょう。本来、このマニュアルは、MTが日本語を、ローコンテクスト文化言語である英語へ変換し易いように、いわば「ローコンテクスト文化風の日本語」を書かせるための指南書なのですが、裏を返せば、このローコンテクスト文化風の日本語こそは、訓読装置を用いて翻訳者が英語やドイツ語から変換した人工の日本語書き言葉とほぼ一致します。事実、このような指南書に沿って作成した日本語文は、我々特許翻訳者が英語やドイツ語から翻訳した人工の書き言葉に瓜二つです。元々我々が書いている現代日本語の文章そのものが、外国語を受容するために開発された翻訳用の書き言葉である証拠でしょう。

4.「工具で加工する」?

前出の「特許ライティングマニュアル」は、「文章の理解容易性・明晰性」の観点から特許明細書を書く際の様々なルールを定めたものなので、ご活用している知財関係者は多くいらっしゃると思いますが、中を覗くと我々翻訳者にとっても大変興味深い内容になっています。たとえば、主語(「何が」)や目的語(「何を」「何に」)を明示せよ、というルールです。主語や目的語が無かったり、曖昧だったりする文章は、「日本語明細書あるある」でしょう。MT翻訳機でなくとも、人間翻訳者さんにとっても頭痛の種です。

それから、多義的な助詞「で」を言い換えよ、というルールも大変興味深いです。たとえば「工具加工する」(etwas mit einem Werzeug bearbeiten)の「で」と、「渋谷駅会う」(jn am Shibuya-Bahnhof treffen)の「で」ですが、両者の違いをMT翻訳機は区別できないおそれがあります。そこで、このルールでは「工具で」の手段を意味する「で」を「~よって」に言い換えるように求めています。これは独日や英日の翻訳者が、前置詞の「mit (with)」や「durch (by)」を「~によって」とか「~を用いて」と訳すのと一致します。

こんな感じでこのマニュアルの指南通りに日本語文を作成すると、自ずと特許翻訳者が英語やドイツ語から翻訳した人工の日本語書き言葉に近くなるわけです。このような人工の日本語書き言葉であれば、ドイツ語や英語と同レベルのローコンテクスト文化言語になるので、日本語→ドイツ語あるいはドイツ語→日本語のどちらの言語方向から翻訳しても、ほぼ同じ結果が得られるはずですので、外国の出願人との間でのやり取りが多い特許翻訳には適していると思います。

5. できれば名詞の単数or複数の明示も

「文章の理解容易性・明晰性」という点で、たしかにこの特許ライティングマニュアルは大変優れモノと云えるでしょう。しかし、敢えてわがままなリクエストを出させていただければ、あと残された幾つかの大きな問題、たとえばder(the)やein(a)などの「定冠詞・不定冠詞」の問題や、「名詞の単数or複数」の問題でしょうか。

特に「名詞の単数or複数」の問題は重要です。ドイツ語や英語は、その性質上必ず名詞の単数or複数の明示が求められるので、1つ以上あってよい対象には、明細書中でたいてい「少なくとも1つの~」(mindestens ein)という付加語が付けられます。他方、日本語では、必ずしも名詞の単数or複数かの明示は必要とされないので、不明な場合が多く、そういった名詞を単数形で訳すか複数形で訳すのかは、翻訳者にとって常に頭痛の種です。主語や目的語が明示され、その上、名詞の単数or複数も明確化されれば、翻訳精度は全体的にさらに向上するのではないでしょうか。

このようなマニュアルの指南に従って皆が明細書を作成すると、文章の画一化が進み個性的な明細書が絶滅してしまうおそれがあるので、個人的には少し悲しいのですが、MTやAIとの共存を考えると、こういった画一化もある程度やむを得ないことなのかもしれません。

Fortsetzung folgt

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