Blog

  • TOP
  • Blog
  • 会長の翻訳講談シリーズ 3
    特許庁審査第二部WGの「ドイツ固有の技術用語の調査活動」に協力

2020.09.07

特許翻訳

会長の翻訳講談シリーズ 3
特許庁審査第二部WGの「ドイツ固有の技術用語の調査活動」に協力


私は、長年にわたりドイツ系の法律特許事務所において、おもにドイツから日本へ出願される特許案件の翻訳業務にたずさわってまいりました。日本知的財産翻訳協会(NIPTA)では、理事のほか、新設された知財翻訳検定試験ドイツ語の試験委員も務めさせていただいています。

ドイツにあって日本にはない技術概念

長いことドイツ語特許翻訳に従事していて、常に頭を悩ませる問題は、技術大国・ドイツならではのドイツ固有の技術概念が存在することです。このドイツ固有の技術概念はドイツの歴史や伝統に基づいており、特にドイツの誇る機械工学の分野に集中しています。なかでも、ねじ締結、接着などの「結合技術」や、鋳造、塑性加工などの「ものづくり技術」においては、日本にはないドイツ固有の技術概念が存在していたり、また日独同様の表現をしているものの、その概念に大きな差異があるものなどが存在しています。

ドイツにあって日本にはない技術概念を翻訳することほど難しいことはありません。つまり、日本にはない技術概念なので当然、日本語として対応する言葉も存在しない、ということになります。また、そういう困った技術用語に限って特許請求の範囲で使用されたりするので、下手にそれに近い既存の日本語の技術用語を当てて翻訳すると、場合によっては権利範囲を狭めてしまうおそれがあるのです。なので、仕方なしに、ドイツ語を文字通りそのまま日本語に置き換えたような形で翻訳してまいりました。

「やはり翻訳が悪いのではないか?」という声

そうすると、当然、審査する特許庁の側では、「何だ、この用語は!? 聞いたことない。もしかして翻訳が悪いのでは?」と受け止められ、不明りょう記載とみなされ、あえなく特許法第36条第6項第2号の拒絶理由を通知されました。特許事務所の時代は、その都度、弁理士が意見書においてドイツ固有の技術概念である旨を丁寧に説明して対応していました。それで一旦審査官に理解していただいたとしても途中で担当審査官が変わってしまうと、ふりだしに戻ってしまったり、また新願明細書の段階では、中間処理のように意見書で説明をするような機会がないので、このようなドイツ固有の技術概念は審査官にも、公開公報を読んだ一般の第三者にもなかなか理解されませんでした。

他方、ドイツの出願人からは36条拒絶理由に対する不満が噴出し、「ドイツでは誰でも知っている技術概念なのに何故日本では理解されないのか?」と疑問に思われ、これまた「やはり翻訳が悪いのではないか?」と翻訳に不信感を抱かれ、哀れなドイツ語翻訳者は特許庁と出願人との間の板挟みになり、長い間もがき苦しんでまいりました。

救世主現る!!~ドイツ語技術概念解明への道~

ところが、ここに来て特許庁サイドで新しい動きがあったのです。審査第二部法便・品質のワーキンググループ(WG)が、昨年より、この問題を取り上げて調査するという画期的な活動を開始したのです。苦節30年の私のようなドイツ語特許翻訳者にとっては、まさに救世主です。これもグローバル化の波でしょうか、外国の技術概念に正面から向き合ってこれを正しく理解しようという試みです。ドイツ語特許翻訳者の長年の鬱積した悩みを解決できる一隅の機会でありますので、私としても微力ながら長年の経験を活かして同WGの活動に惜しみなく協力していくことを決意しました。

審査第二部が動いたのは、このようなドイツ固有の技術概念を含む出願が、機械分野を担当する審査第二部に集中していることが引き金になったようです。ドイツの機械工学書などを参考にドイツの技術用語の理解を深めるための資料を作成し、ドイツの技術概念を特許庁の審査官、ドイツ語翻訳者、日本企業等の当業者の間で共有しよう、という構想です。

三者の視点からの考察

そのためには、まず、このドイツ固有の技術概念に起因する問題を「特許庁(審査官)」、「ドイツの出願人(ドイツ企業等)」、「第三者(日本企業等)」の三者の視点から捉えることが重要であり、同WGは以下のような考察を行いました;

<審査官からの視点>

・ 日本語として存在しない用語に翻訳された場合に明確性の問題が生じ得る。

・ 先行技術として引用する場合に意味内容の解釈に問題が生じ得る。

<出願人(ドイツ企業等)からの視点>

・ ドイツ語を直訳した日本語(造語)では、36条の拒絶理由を通知されるおそれがある。

・ 既存の日本語を当てはめると、必ずしも意味が対応せず権利範囲が狭くなるおそれがある。

<第三者(日本企業等)からの視点>

・ ドイツ語を直訳した日本語(造語)のまま権利化されると、権利範囲の解釈に疑義が生じ得る。

そして、これら三者の視点から考察した問題点を考慮すると、ドイツ固有の技術用語について三者が共通の理解を得ることが必要であり、そのためにはまずこれらの技術用語に関する資料が必要であろう、との結論に至ったようです。こうして、私は同WGの、ドイツ語由来の技術用語集の作成活動に協力することになりました。同WGの活動としては、まずは、ドイツ固有の技術概念をリストアップし、その中から第1弾として、これまで最大の懸案となっていた「結合技術」と「ものづくり技術」に絞って両技術の資料をまとめ、公開公報での具体的な記載例を調査し、論文にまとめあげることになりました。

最初のターゲットは「結合技術」と「ものづくり技術」

ドイツの結合技術に関しては;

Formschluss(形状接続)」

Reibschluss(摩擦接続)」

Stoffschluss(材料接続)」

などの日本にはないカテゴライジングを取り上げます。

ドイツのものづくり技術に関しては;

Urformen(一次成形)」

Umformen(変形加工)」

Trennen(分離加工)」

Fügen(接合加工)」

Beschichten(被覆加工)」

Stoffeigenschaft ändern(材料特性を変える加工)」

などの、日本のものづくり技術(「除去加工」「付加加工」「変形加工」の3分類)とは異なる6分類のカテゴライジングを取り上げます。

特に結合技術のFormschluss, Reibschluss, Stoffschlussの概念は、たとえばスプライン結合、ねじ締結、クランプ結合、接着などの具体的な技術手段よりも上位に位置するものなので、ドイツの明細書では特許請求の範囲に頻繁に登場し、典型的な翻訳者泣かせ用語なのです。しかし、もしもこのドイツの結合技術の概念が日本でも定着すれば、日本の出願人もこれらの用語を自由に使えるようになるので、場合によっては非常に有難い存在に化けるかもしれません。

そして、実は技術概念の違いは、日本からドイツへ出願する場合の日独翻訳についても大きな影響を与えています。たとえば日本の「変形加工」(塑性加工、鋳造など)は、そのままドイツ語に翻訳(Umformen)すると権利範囲が狭くなります(ドイツ語のUmformenは、文字通り「形を変える」という意味なので、液体等の不定形のものから定形の固形物を造り出す鋳造や射出成形は含まれない)。なので、この日独の技術概念の違いは、これまであまり発覚しなかっただけで、実は日本の出願人にとっても重要な問題なのです。

ドイツ固有の技術用語の伝道活動

上で挙げたドイツ固有の技術用語については、2019年11月に開催された「特許情報フェア&コンファレンス」(東京・北の丸公園内科学技術館)の企業プレゼンテーションに参加し、「ドイツ固有の技術用語の翻訳、知らないと大損する日独概念相違」と題して私自らプレゼンテーションを行いました。

また、特許庁審査第二部WGが、日本弁理士会の会誌「パテント」の2019年12月号(Vol.72 No.14、第72頁~第77頁に「ドイツ語由来の技術用語の翻訳の問題~特許審査の観点からの問題提起~」と題する論文を発表しております。上でご紹介した結合技術と加工技術について具体的な事例を挙げて詳しい説明が展開されております。

論文末尾には私の名前も登場していますので、よろしければこちらも是非ご一読ください。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


お問い合わせ

Page Top