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2020.03.09

特許翻訳

特許翻訳はなくなる? – ヴェテラン特許翻訳者が特許翻訳業界の現状と今後を徹底解説


AIを活用した機械翻訳の精度が向上したことにより、「AIが人の仕事を奪う」といった論調で翻訳業界の存続を危ぶむ声も聞かれる中、その心配をヴェテラン特許翻訳者が解説します。

筆者:ドイツ語特許翻訳者、特許事務所にて明細書や中間処理業務の翻訳経験30年以上、主に機械分野の独和翻訳を担当。

1. 特許翻訳の進化

私がこの仕事を始めた頃は、手書きで作業をしていました。翻訳者は、各自お気に入りのシャーペンや万年筆を使って紙の原稿に翻訳文を綴っていました。これを和文タイピストがタイプしたものを特許庁に提出していました。長いものだと原文100頁を超える案件も珍しくなく、そのうち指に大きなペンダコができました。それがワープロの登場によって武士が刀を置いたようにペンを置き、ツールはキーボードへと代わり、さらにPCの導入によりマウスも加わりました。同僚の中にはマウスの操作が分からず、ディスプレイに向けて空中操作している者もいました(笑)。インターネットの普及と共に調べ物もネットで済むことが多くなり、書籍の地位は下がりました。そしていまはついに、肝心の翻訳作業まで機械に委ねる時代が到来しました。面倒くさがり屋の私にとっては機械が代わりをしてくれるのなら、なんて有り難いことだろう、と素直に喜んでいましたが、色々と実情が判ってくると、手放しに喜んではいられない状況のようです。

2. 特許翻訳で使用される機械翻訳の現状

機械翻訳(MT)に対する評価は、雑誌やネット記事等で頻繁に目にするようになりました。特許翻訳に限って云えば、様々な報告が成されていますが、総合的に見ると、どうやらまだ調査以外の翻訳は任せられない、というのが大方の評価のようです。しかし人間のサポート次第ではかなりの品質向上が望めることも判ってきました。

当社が会員となっている日本知的財産翻訳協会(NIPTA)でも、独自に機械翻訳研究会なるものを立ち上げて、特許のMTについて考察しています。例えば、MTにNIPTAの知財翻訳検定試験の1級問題をやらせてその成果を観察する、という大変ユニークな試みも成されています。

3. 機械翻訳用の特許ライティングマニュアルについて

面白いのは、例えば日英翻訳に関しては、インプットするソース言語(日本語)の工夫次第で、MT翻訳の品質が飛躍的に良くなることです。この人間の作業はいまプリエディットと呼ばれていて大変注目されています。日本特許情報機構(Japio)からは、どのように日本語を書けばMT翻訳の精度が向上するのかを示した、弁理士さん向けの「特許ライティングマニュアル」なるものまで出ています。

このマニュアルを読んですぐに感じたのは、ここに書かれている通りに日本語を書くと、我々翻訳者が日頃外国語から翻訳している日本語の翻訳文とそっくりになることです。外国語から翻訳した日本語文は、誤解釈を避けるために極めて正確な表現で緻密に書かれています。主語や目的語が常に存在し(「~は」「~が」「~を」など)、並列要素の表現が常に揃っており(「~と、~と」など)、ようするに限りなく英語表現に近い日本語になるわけです。さらに、手段を表す助詞としては「で」を使わずに、代わりに「~によって」とか「~を用いて」を使いなさい、などの指示も書かれています。つまりMTは「溶接機加工する」の手段を表す「で」と、「工場加工する」の場所を表す「で」を区別するのが苦手なようです。我々翻訳者が普段、「mit(with)」や「durch(by)」を「~によって」と訳すのと同じ感覚で、逆に英語を意識して日本語を書け、ということのようです。こうしてマニュアルに沿って書き上げた日本語文は、まさに外国語から翻訳した日本語文にそっくりとなるわけです。

このように、日英翻訳に限って云えば、マニュアルを利用して日本語のプリエディットをきっちりと行えば、MT翻訳の品質はかなり向上するようです。

個人的には、すべての弁理士さんがこのマニュアルに則って明細書を書くと、誰が書いても同じような日本語になり、弁理士さんの個性が失われてしまうのではないかと別の意味で危惧しています。昔は、それはそれは個性的な日本語を操る弁理士さんがたくさんいらしたもので、当時は翻訳者泣かせの迷惑な存在のように思っていましたが、今思うと、とても人間的な仕事をしていたような気がして懐かしく思います。

4. DEEPLで意地悪な翻訳にチャレンジ

ドイツ語に関しては、日本ではあまり需要がないせいか、ドイツ語のMTについてはあまり論じられていません。しかし、ドイツ語⇌英語間のMTは驚くべき進化を遂げているようです。ドイツのDeepLなどはその代表例でしょう。これは特許翻訳にも十分に使える腕前を持っているようです。なので、DeepLを使ってドイツ語から英語にMT翻訳し、さらにこの英語から日本語へMT翻訳するというのも一つの手かと思います。ただし、英語から日本語へのMT翻訳のところでどのような品質になるのかは神のみぞ知るですので、あまり積極的にはオススメできないやり方です。

試しにDeepLに意地悪な翻訳をチャレンジさせてみました。

Eine Ummantelung des Kraftstoffeinspritzventils ist am Innenpol angespritzt.

(この燃料噴射弁の被覆体は、内側磁極に付着するように射出成形されている)

上記ドイツ語文の中のKraftstoffeinspritzventilsの「spritz」は燃料の「噴射」という意味ですが、文末のangespritztの「spritz」は「射出成形する」という意味で、同じspritzenという動詞から派生した語でも意味が異なります。MTにこの「spritz」の区別がきちんとできるかどうか、DeepLにチャレンジさせてみました。

MTが訳した英語文は以下の通りでした;

A sheathing of the fuel injector is sprayed on the inner pole.

最初の「spritz」はきちんと「噴射」(injector)の意味で捉えていますが、次の「spritz」については、「injection molded(射出成形されている)」と訳すべきところを「sprayed(噴霧されている)」と訳してしまいました。これでは意味不明です。

しかし、不思議なことに、上記ドイツ語文の中のKraftstoffeinspritzventils(燃料噴射弁)から「Kraftstoff(燃料)」という語を取り除いてEinspritzventils(噴射弁)として文を作り代えて再チャレンジさせてみました;

Eine Ummantelung des Einspritzventils ist am Innenpol angespritzt.

(この噴射弁の被覆体は、内側磁極に付着するように射出成形されている)

そうすると、何故か;

A sheathing of the injection valve is moulded onto the inner pole.

という英文翻訳を吐き出しました。今度は「成形されている(moulded)」ときちんと理解できたようです。なぜ「燃料噴射弁」を「噴射弁」に代えると、翻訳精度が向上したのかは謎なのですが、DeepLについても入力するソース言語を少し工夫してあげると、翻訳精度が向上するようです。ここまでMTがやってくれれば、あとは経験豊富な人間の翻訳者の力を借りてMT翻訳文を少し手直しして、完璧な形(「injection molded」)に仕上げてあげればOKです。この作業はポストエディットと呼ばれていて、MT翻訳の仕上げ作業としては必須のものになっています。

5. 機械翻訳を使っても人間によるエディットが必要

以上、色々と述べましたが、いずれにしても、特許の技術内容に深く踏み込んで正確に理解して翻訳することは、現時点ではMT翻訳エンジンにはハードルが高いようです。特許翻訳全般を完全にMT翻訳に委ねるのは時期尚早と言えるでしょう。特に機械分野の翻訳などは、機械動作のプロセスや理屈が緻密なので人間翻訳に軍配が上がりそうです。MTを使うのなら、あくまでも、人間による、それも当該技術分野に精通した人間の手によるプリエディットやポストエディットなどの作業と組み合わせた形で共存していくべきでしょう。

6. 今後特許翻訳者として生き残るには

 MT翻訳に対して人間翻訳を差別化するためには、人間翻訳側の翻訳者に高いスキルが求められます。翻訳者が、特許技術内容を深く正確に理解し得る知識と、それに裏付けられた高度な文章解釈力を持つことが前提条件となるでしょう。「噴射」と「射出成形」の区別が付かないようであれば、MT翻訳と何ら変わらないので、むしろMT翻訳にやらせてポストエディットを充実させたほうが効率良いと考える事業者もいるかもしれません。

したがって、将来、人間翻訳が生き残っていくためには、語学的にも技術知識的にも高いスキルを身につけることが必要となります。MT翻訳を超える翻訳者になる! これこそが翻訳会社トランスユーロが求める翻訳者像であり、このための修練の場が、語学学校トランスユーロアカデミーです。

MT翻訳を超える人間翻訳をお求めの方、またはMT翻訳を超える特許翻訳者を目指したい方は、ぜひご相談ください。

 

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