
ドイツの地名―語尾に着目
目次
皆様こんにちは。
少しお休みをいただきリフレッシュをしていたところ、急きょまたドイツ西部に戻ることになりました。
なのでこれからはまたドイツ西部のお話もしていきたいと思います。
乞うご期待!
今回は、ドイツの地名に焦点を置いたお話をしたいと思います。
地名は私の研究対象ではないのですが、実は昔から興味を持っている分野です。
地名というのは、その地域の歴史や人の移動、文化、ことばなどを知ることができるものです。
例えば、日本でも北海道にはその地に元々住んできたアイヌの人たちの言語であるアイヌ語に由来する地名が多いですし、沖縄には琉球文化と歴史を今に至るまで伝える地名が見られます。
ドイツでも実は同じように、地名から様々な歴史を学ぶことができます。
私は言語学が専門なので、今回は地名の語尾に着目していきたいと思います。
語尾から分かるスラブ民族の面影
ちょっとした小話から始めたいと思います。
私が大学生の時、一般教養の授業で地理学を履修していたのですが、その時に「ベルリンはスラブ語由来の地名です」ということを学びました。
ドイツ語を主専攻として学んでいた当時の私からするとあまりピンと来なかったので調べてみると、ベルリンという地名は、かつてオーデル川下流とエルベ川下流の間のあたりで話されていた、古ポラーブ語またはポラーブ語という西スラブ語群レヒト諸語に由来するということがわかりました。
ベルリンをアルファベットで書くとBerlinとなりますが、ber- はポラーブ語で沼地、-in は居住地を意味すると言われています。
ただしベルリンの地名の由来には諸説あるようで、多くのドイツ人が「熊(Bär)からきているのでしょう?」というように、熊との関連性を主張する人もいます。
日本にいるときはそんなに観察してこなかったのですが、実際にドイツに住み始め、夫の実家があるベルリンへ車で移動すると、ベルリンのように語尾が -in の地名や、その他スラブ語が感じられるような語尾の地名が多いことに気づきました。
スラブ語を感じる語尾ってなんなのよ?という方もいると思いますが、少し例を挙げると以下のような語尾がそれに当たります。
語尾 | 例 |
-in | Berlin, Schwerin, Neuruppin, Ketzin, Wollin, Mestlin, etc. |
-itz | Chemnitz, Lausitz, Görlitz, Pulsnitz, Priestewitz, etc. |
-ow | Pankow, Seelow, Teltow, Beeskow, Rhinow, Bützow etc. |
-au | Calau, Prenzlau, Zschopau, Zwickau, Bittkau, Dessau, etc. |
もし読者の皆様の中に南ドイツの地名に詳しい方がいらっしゃれば、上の表の -auは南ドイツにもあるじゃないか?と思うかもしれません。
実際、南ドイツにはDachauやPassauといった -au で終わる地名がたくさんあるのですが、南ドイツのこの -au はスラブ語由来ではなく、ドイツ語で低湿地や中洲などを意味するAueから来ています。
こちらはラテン語のaquaと語源を同じくしており、たとえばラテン語から派生したフランス語で「水」を意味するeauなんかと比較するとわかりやすいかと思います。
ちょっと寄り道をしたのですが、話をスラブ語由来の地名に戻します。
スラブ語由来の -au は -ow と共通しますが、これはスラブ語圏の街の名前のドイツ語名にもみることができます(例:Kraków -> Krakau)。
これを単に「-ow がドイツ語化したものが -au」と説明することも多いのですが(実際私もそう思っていました)、ポラーブ語や、同じく西スラブ語群に属しドイツの少数民族であるソルブ人の言語であるソルブ語では -w が発音されない、または母音ないしは半母音で発音されたことから、-au や -o のように書かれるようになった、という説もあるようです。
私自身は残念ながらまだソルブ語を勉強したことがなく(しかし本当にもう10年以上勉強したいという思いはあります)、ポラーブ語のことも言語そのものについては全くわからないので「なるほど」と言うことができないのですが、気になる方は是非、ブログの最後に掲載の参考資料をご覧ください。
-itz / -witz については、スラブ語圏の人の名前の構成を見てみると共通性を見出すことができます。
スラブ語圏、特に東スラブの国々の人名は個人名・父称・姓からなるのですが、この父称というのはとても面白くて、父親の個人名から派生したミドルネームになります。
例えば、お父さんがミハイル(Mihail)というお名前の息子の父称はミハイロヴィッチ(Mihailovič / Mihailowitsch)になり、娘の父称はミハイロヴナ(Mihailovna)となります。
この男性の父称から -witzというのが生まれ、地名としても使われるようになり、さらに -itz となっていったそうです。
そしてこのスラブ語の名残を感じられる地名が多いのは、ドイツ北東部であることも指摘しておきたいと思います。
エルベ川以東には12世紀までスラブ系民族が居住していましたが、人口増加によりドイツ人*が12世紀から14世紀にかけてエルベ川以東にも植民していった、いわゆる東方植民までの歴史の流れをこのように地名にみることができます。
*当時はドイツという国があったわけではないのでドイツ人という呼び方はおそらく歴史学的には正しくないのかもしれませんが、ここでは便宜上このように呼称させていただきました。
居住地・所有地を示す語尾の数々
スラブ語由来の地名の話とはまた別の角度から、地名の語尾というものを見ていきたいと思います。
先ほどベルリンは ber と -in から構成されていて、-in というのは私が調べた限りでは「居住地」という意味を持つ、と言いました。
この「居住地」という意味を持つ語尾がつく地名はドイツにはたくさんあります。
そしてその地域的なバリエーションも非常に豊富です。
ドイツの中でも非常に多い地名の語尾の一つに、-heim があります。
この語尾については、最もドイツらしい地名を作るとすら私自身は思っています。
異論はもちろん認めます。
例えば Mannheim や Hildesheim, Rosenheim, Pforzheim, Kirchheim なんかが挙げられます。
-heim といえば、特に南の方では „Ich bin zu Hause.“ のことを „Ich bin daheim.“ といったりするので、「家」あるいは「住んでいるところ」、つまり「居住地」に当たるわけです。
この -heim の派生語尾は -heimen, -haim, -ham, -kam, -hem, -em, -um, -om で、それぞれ特に見られる地域も変わってきます。
„zu Hause“ = „daheim“ というところに関連して、ドイツの地名の中には -hausen で終わる地名も数多くあります。
そしてこれもかなりドイツっぽい雰囲気を醸し出していると、個人的には思います。
例を挙げると Oberhausen や Sachsenhausen, Ochsenhausen, Recklinghausen などがあります。
これも -heim と全く同じです。
「居住地」と似ている表現で、「所有地」「遺産として相続した土地」という意味合いを持つ語尾がつく地名にも触れたいと思います。
所有地に名前をつけるというのは、地名の成り立ちとしてはとても想像しやすいと思います。
このパターンに当たるのが、テューリンゲン州やザクセン=アンハルト州でよく見られる -leben という語尾を持つ地名です。
西の方からベルリンに向かって車で移動している時に、よく標識で見かける地名の語尾で、「この辺りでしか見ない語尾だなあ」と思いながら観察していました。
例を挙げると、Aschersleben, Eisleben, Eckardtsleben などがあります。
特に個人的に面白かったのが Ausleben という地名です。
Ausleben というのは普通の動詞としても使えて「もうこれ以上ないってくらい人生楽しむ、自由奔放に生きる」みたいな意味合いになるのですが、その意味とは関係ないようです。
この「所有地」系のグループには、おそらくスラブ語由来の地名で父称に由来する地名も入れられると思います。
同じようなパターンで、バーデン・ヴュルテンベルク州やシュヴァーベン地方でよく見る -ingen という語尾を持つ地名を最後に挙げておきたいと思います。
この語尾は「氏族」「このグループに含まれる人々」「子孫たち」という意味があり、家族や一族が代々所有する土地を示すものです。
この点でスラブ語の父称由来の地名に共通する性格があると言えます。
地名の例を挙げると、観光地としても有名な Tübingen, Memmingen, Böblingen, Metzingen など、この地域の地図を見ると非常に多いことが分かります。
最後に
いかがだったでしょうか?
今回は地名の語尾、中でも現在ではドイツ領地となっている地域に住んでいたスラブ民族の歴史を感じる地名と、居住地・所有地という非常に単純明快だけど、かなり地域バリエーションが豊富な語尾を持つ地名をテーマにしました。
今回は地形関係にはあまり触れなかったのですが、近いうちに少しコアな地形関係の語尾を持つ地名についても調査し、ここで共有できたらと思います。
それでは次回もお楽しみに!
参考文献
https://slawisches-deutschland.de/ortsnamen/die-endungen-itz-ow-in/
https://de.wikipedia.org/wiki/-heim

日本でドイツ語言語学を専門に修士号をとったのち、ドイツへやってきて7年が経過しました。ドイツ語と日本語を日常で使いながら生活する中で気づいたことばに関するお話を、言語学の専門知識を織り交ぜながらこのブログの中でお伝えできればと思います。
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