通りの名前から感じるドイツ語の地域多様性
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初めまして。
7月から2ヶ月に一度くらいのペースで「ドイツ語と日本語の観察記」と題したこのブログを執筆させていただくことになりましたTellerと申します。
ここではタイトル名のとおり、ドイツ語と日本語を使いドイツで生活する中で特に関心を持ち、観察してきた、あるいは現在観察中のことばに関するテーマを取り上げ、読者の皆様にお伝えできればと考えています。
日本語の話をする際は、ドイツ語と比較しながら記事を書いていきたいと思っているので、ドイツ語の話もしつつ私たちの母語である日本語についても読者の皆様と一緒に考えていけたら嬉しいです。
て、最初の数回をどんなテーマでお送りするか、とても色々悩んだのですが、私の大学での専門分野の一つがドイツ語言語学の中でも方言学*という分野であること、そして私事なのですが、約6年にわたり生活拠点を置いていた西の地を離れ、昨年末に南ドイツに移ったので、特に南ドイツのことばに触れる機会が増えたということを踏まえ、私が今現在日常的に触れている方言をテーマにお話ししていきたいと思います。
(*日本語の「方言」という呼び方については、場合によっては政治的な意図を含むことや、いわゆる地方で使われるものであるというようなイメージを与えてしまうため、現在専門家の間でも議論がなされています。このシリーズでは便宜上、統一して「方言」という用語を使うこととしますが、方言が標準語に劣るものであるという意識は一切ありません。また、従属的・政治的な文脈を想起させうる場合、この用語を使わないこととします。尚、言語学の中では「地域変種」や「標準変種」というような用語が使用されますが、これについてもいつか話題にできればと思います。)
ドイツ語には、日本語同様に、非常に多くの方言が存在します。
また、ドイツ語はドイツのみではなくオーストリアやスイス、国境を接する国の一部の地域や、少数言語としていわゆるドイツ語圏から離れた国や地域でも話されており、一口に「ドイツ語」と言っても様々なのです。
いつかこのあたりの話も詳しくしていきたいと思いますが、今回はドイツにフォーカスしてお話をします。
先述のとおり、私はこれまで西に位置するデュッセルドルフに住んでいたのですが、南ドイツに引っ越してくるとシュヴァーベン方言やバイエルン方言(本当はもう少し細かく分けられるのですが、ここでは便宜上大きな枠組みで捉えています)に触れることになり、今まで住んでいたところで話されるドイツ語とは異なる点がたくさんあることを、身をもって経験することになりました。
私にとっては専門分野ですから、この経験はまたとない喜びです。
そもそも引っ越してきた先に住む方々と交流する前に、真っ先にその地域性を感じたのが今回のテーマである「通りの名前」でした。
道路や通りの名称名前に見られる指小辞 -chen vs. -le
ドイツに来たことがある方は、ドイツでは通り名が書かれた標識があちこちに立っているのを目にしたと思います。
ドイツの住所は通り名と番地から成立しているので、この通り名が記載された標識はとても助かりますよね。
ドイツの通りや道路の名称はStraßeやAllee、Wegなど「道路」を表すことばで終わるものももちろん多いのですが、住宅街や街中の小さめの道路では「Am xxx」というような名前も見かけることがあります。
私の南ドイツの新しい家は住宅街の一角にあることもあってか、この「Am xxx」という名前のついた通りが多いのですが、例えばAm Breitle、Am Köpfle、Am Leiterleというようにam以下につく語に「-le」という語尾がついていることに気づきました。
これはデュッセルドルフでは見られない語尾、もっと詳しく言うと指小辞(ししょうじ、ドイツ語:Diminutivsuffix)です(指小辞については後述)。
デュッセルドルフの中に実在する通り名で比較できるものを挙げると、例えばAm Löricker Wäldchen、Am Heiligenhäuschen、Am Röttchenがあり、語尾には-leではなく-chenが用いられています。
もし、これらの通りの名前が私の住む街にあったとしたら、-chenではなく、Wäldle、Heiligenhäusle、Röttleという具合に語尾が「-le」に変わることになるのでしょう。
ドイツ語の中の指小辞 「-chen」 vs. 「-lein」
ドイツ語をすでに勉強したことがある方は、-chenという語尾で終わる単語が小さいものを表す(例:Mädchen)、または-chenを名詞につけると、元の名詞を小さいもの・ちょっとしたもの・可愛らしいものとして表すことができる(例:Haus – Häuschen)ということを聞いたことがあると思います。
実はドイツ語の指小辞にはこの-chen以外に、-leinというものもあり、ドイツ文学やドイツのクラシック音楽に親しみのある方は、その作品中で見かけたことがあるかもしれません。
有名な例を挙げるなら、ゲーテ作の詩でシューベルトが歌曲とした「野ばら」という作品の中では小さなバラという意味で「Röslein」という単語が使われており、これはdie Rose(ばら)に指小辞-leinがついたものであることが分かります。
この二つの指小辞は昔から共存しており、会話で使うときは-chen、いわゆる書きことばでは-lin(-leinの昔の形)が使われるとされてきました。
現在のドイツ語の書きことばの中でも、両方が使われ、高尚な散文では前者が使われることが多いのに対し、後者は大衆的な表現であると言われ(cf. König 2011、157頁)、どちらかと言えばテキストのスタイルによる違いがあるとされています。
実はこの二つの指小辞は、話しことばの中で言えば地域性が見られ、大まかに言うとドイツ語圏北部では-chen系が使われる一方、南では-lein系の指小辞が用いられます。
私が以前住んでいたデュッセルドルフは-chenが使われる地域の中にあり、一方現在私が住む南ドイツの街はいわゆる-leinから派生した-leが使われるので、それが通りの名前にも反映されているということです。
ちなみに私の街からそれほど離れていない南ドイツの都市の一つにミュンヘンがあります。ミュンヘンに行くと、-leではなく-lが指小辞として用いられ、それが通りの名前や道路名に反映されています(例:Am Lüßl、Am Feuerbächlなど)。
ミュンヘンも-lein系の指小辞が使われるということが分かります。
最後に
ドイツの通りの名前から指小辞、そして指小辞に見られる地域性を観察しました。
指小辞だけをとりあげてみても、ドイツ語の歴史、地域多様性、スタイルの違いなど様々な言語の側面に触れることができます。身近なものから言語現象の背景に思いを馳せながら、本シリーズを皆様にお届けできれば嬉しいです。
それではまた次回をお楽しみに!
参考文献・ウェブサイト
König, W. 2011. Dtv-Atlas: Deutsche Sprache. Mit 155 Abbildungsseiten in Farbe. Deutscher Taschenbuch Verlag (dtv): München.
meinestadt.de: https://www.meinestadt.de/deutschland/stadtplan/strassenverzeichnis
日本でドイツ語言語学を専門に修士号をとったのち、ドイツへやってきて7年が経過しました。ドイツ語と日本語を日常で使いながら生活する中で気づいたことばに関するお話を、言語学の専門知識を織り交ぜながらこのブログの中でお伝えできればと思います。
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