
ドイツの挨拶いろいろ
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皆様こんにちは。南ドイツはすっかり緑が生い茂り、電車や車の車窓から外を眺めると黄色い菜の花の絨毯を楽しむことができる時期となりました。
今回のテーマはこれまたドイツでは地域によって様々なバリエーションが見られる挨拶をテーマにお送りしたいと思います。
ドイツ語を学習する際に習う挨拶はいくつかあるのではないでしょうか。
一般的なものをいくつか挙げるとしたら„Guten Tag“, „Hallo“, „Auf Wiedersehen“, „Tschüss“などがあると思いますが、実際にドイツに来ると世代や地域、会話が行われている場の雰囲気(カジュアル・フォーマル)などによって様々なパターンがあることがわかります。
例えば、私がデュッセルドルフに住んでいた時には „Guten Tag“ や „Hallo“ が一般的でしたが、南ドイツへ来ると „Grüß Gott“または „Servus“が使われており最初は咄嗟に出てこないことが多かったです(実際未だに„Grüß Gott“には慣れていません)。
若い人たちの間では„Hi“や„Hey“といった英語系の挨拶が使われているのもよく見受けられます。
南ドイツの „Servus“ は別れ際にも使われる
ミュンヘンや私の住むアウクスブルク周辺ではカジュアルな挨拶として„Servus“が使われます。
このこと自体はかなり有名だと思うのですが、実は同じバイエルン州でもフランケン地方ではこの挨拶はあまりなされません。
一方で„Servus“を使う地域の出身の人たちで特に若い人たちが別の地域に移っていってもこの挨拶を使い続けることで、その人たちが所属するコミュニティの構成員たちも真似をし、やがて根付いていくということも他の言語事象同様に起こります。
私がデュッセルドルフに住んでいた時によくおしゃべりをしていたご近所さんは、自分も家族も出身はNRWだけど周りが„Servus“を使うものだからつい自分もその挨拶をしてしまう、と話していたものでした。
実際デュッセルドルフではごく一部の人に限られるものの„Servus“を挨拶として使う若い方を数人見かけることがありました。
これがイディオレクトなのか一種の若者言葉のような感じで用いられているものなのかはわかりません。
南ドイツへ引っ越してくると、この„Servus“という挨拶が実は„Hallo“のタイミングだけではなく別れ際の挨拶としても使われることを知りました。
それ以外のさようならの挨拶として„Ciao“などを言いながらもそれに重ねる形で„Servus“が入ってくるのです。
実はServusの語源とCiaoの語源は同じでラテン語のservus(家来・奴隷)に由来し„Ich bin Ihr / Dein Diener“という意味のラテン語から来ているそうです。
„Servus“についてはDWDSによれば17世紀から使われるようになったということで、そんなに古くはないんですね。
そういえばイタリア語でも„Ciao!“は出会った時の挨拶にも使われるので使用の面で共通性があることが分かります。
神様関連の挨拶
今でもキリスト教の慣習が根強く見られるヨーロッパですが、これは何気ない挨拶の中にもよく見られると思います。
分かりやすい例で言えば、やはり南ドイツで使用される比較的フォーマルな挨拶の„Grüß Gott“が挙げられます。
これは„Grüß(e) dich Gott“の短縮形とされており、「神のご加護を」という意味から来ているそうです。
スイスドイツ語では„Grüezi“という挨拶がありますが、これも„Gott grüsse euch*“の短縮形にあたります。
*ここではスイスドイツ語の書き方に従っています。
他にも南ドイツで使用される挨拶で神様に関連した挨拶として„Pfiat di“という挨拶があります。
これは„Grüß Gott“と同じく„Behüt dich Gott“すなわち「神のご加護を」と言う表現に由来します。
これはバイエルンやオーストリアで使われる別れの挨拶になります。
ところで「え?これも神様関係なの?」という挨拶があります。それが„Tschüss“です。
„Tschüss!“という挨拶自体は、17世紀にフランス語のadieuから借用されたのちに発音が変わっていき今使われているような形になったそうですが、DWDSを確認すると中高ドイツ語ですでに古フランス語のa dieuからadēという短縮形が借用されており、別れの挨拶として使われてきたそうです。古フランス語のa dieu、そして現在のフランス語のadieuもスペイン語のadiósも、もともとはラテン語のad deum、ドイツ語で言うところの„zu Gott (hin)“, „Gott befohlen“すなわち「神のもとへ」、「神の御手に委ねます」と言うのが転じて別れの挨拶になったものです。
この語源を汲む„Tschüss“という挨拶も実はキリスト教の神様が関係する挨拶だ、ということが分かります。
17世紀には語尾に-sがない形で使われていましたが、18世紀以降に-sがついた形が使われるようになり現在の„Tschüss“となったそうです。
そういえばドイツ人は何かと -ssi や -si というのをつけたがるような気がしないでもないのですが、これをつけることでまとまる感じがするのかもしれません。
次に紹介する„Moin“という挨拶でも„Moinsi“と言ってくる人や、„Tschüss“にも -iをつけて„Tschüssi“と言うような人にも私自身は出会ったことがありますが、なんだか可愛らしい感じがします。
„gut“ 系の挨拶
ドイツ語圏で用いられる挨拶のもう一つのパターンが„gut“系の挨拶です。
これに当てはまるものとして、例えば南ヘッセンの方言地域で使われる„Gude“や低地ドイツ語地域で使用される„Moin“などが挙げられます。
デュッセルドルフに住んでいた時には、先述のようにごくわずかに„Servus!“と挨拶をしてくる人もいたのですが、それよりも頻繁に聞いたのは„Moin“という挨拶でした。
この挨拶については「Moinを2回重ねて言うか言わないか」というテーマでMoin 勢が「2回重ねて言うのは本物じゃない!」と言っていたのも聞いたことがあります。
実際こちらの記事でも「MoinはMoinであって、Moin Moinというのは余計だ」と北部では言われると紹介されています。デュッセルドルフに住んでいたときは„Moin!“ と一回だけ言うパターンがよく見受けられました。
実はこの„Moin“という挨拶の語源については様々な説が唱えられています。最も広く知られている説は、低地ドイツ語の„mōi“ (標準変種でschön, angenehmに当たる語)に由来するというものです。
歴史的なドイツ語の発展について知識のある方の中には「MoinというのはMorgenからきたのでは?」と思う方もいるかと思います。
実際朝の挨拶として„Guten Morgen!“と言う代わりに„Morgen!“と言うことも多く、moin = Morgen説はドイツでも一つの通説として伝わりつつあるのですが、実はそうではなく „N mooien Dag wünsch ik di.“(標準変種で „Einen schönen Tag wünsche ich dir.“)が短くなりmooienの部分が残ったとされる説が現在有力とされています。
挨拶の面白さ
挨拶というのはドイツ語だけでなく様々な言語で文法などを考えることなく慣用句のような形で定着し、そのまま覚えるものというイメージがどうしてもあると思いますが、「よくよく考えてみるとなんでこう言うのだろう?」というものがたくさんあると思います。
例えば日本語の「さようなら」も語源や文法などを意識することなく固定の表現として私たちは当たり前に使っています。
これもよく考えてみれば元々の形は「左様ならば」であり、「それではこれにて失礼します」という別れを切り出す時の表現が縮まったことにより江戸時代あたりから定着した挨拶と言われています。
挨拶を通じてことばの移り変わりや歴史を垣間見ることができるのは、どの言語にもある程度は共通すると思うので、是非興味を持ったら色々な言語で調べてみてください。
参考文献
https://www.dwds.de/b/zur-begruessung-hallo-servus-ciao/
https://www.dwds.de/wb/Tsch%C3%BCss?o=tsch%C3%BCs
https://www.weblio.jp/content/%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%89%EF%BC%81

日本でドイツ語言語学を専門に修士号をとったのち、ドイツへやってきて7年が経過しました。ドイツ語と日本語を日常で使いながら生活する中で気づいたことばに関するお話を、言語学の専門知識を織り交ぜながらこのブログの中でお伝えできればと思います。
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