
„A wie Anton“ – ドイツ語でスペルを伝える
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皆様こんにちは。
ドイツは気温がかなり高い日が続き、からっとした日が続いています。
日本同様にドイツでも近年熱中症や日射病に関する注意喚起がなされるようになりました。皆様もどうかお体に気をつけて夏をお迎えください。
さて、今日は「ドイツ語でスペルを伝える」をテーマにお届けしたいと思います。これは私がドイツに来て社会人になって初めて実地で学んだもので「大学のDaF(Deutsch als Fremdsprache)の授業でもあったら良かったな」と思うもので、いつかどこかで取り上げようと考えていました。
というのも、これ、多くの日本人の方がドイツやその他ドイツ語圏で生きていくときに知っていると割と便利なものだからです。
私の経験をお話しします。
私は旧姓が「篠原」で、ドイツに来たばかりのときもこの苗字でした。
この苗字をアルファベットにするとShinoharaになりますが、電話口でこの苗字をドイツ語風に読んでも、ドイツ語に限らず日本語以外の言葉を話す相手からすると馴染みのない名前なのでほぼ確実に「スペルを教えてもらっても良いですか?」と聞かれていました。
もし聞かれなかったとしてもShがSchになってしまったりということがあったので、いつも„S-H-I-N-O-…“という具合にアルファベットで読み上げていました。
これで完全に伝わることが多く、結婚してからは姓名ともにドイツにもよくある名前になったのでスペルを伝えるという機会は少なくなったのですが、社会人になってから電話対応をすることが増えると同僚の名前を電話口で伝えたり、逆に相手の名前を伺ったりすることが頻繁になりました。
その時に多くの方が„A wie Anton, P wie Paula…“というようにスペルを伝えていることに気づいたのでした。
これを知っていれば旧姓ももっとやきもきしないで伝えられたかもしれない!と思ったのと、日本人の姓名を持つ方々がこれを知っていれば、仮に複雑で伝わりにくい苗字だったとしても伝わりやすくなるかもしれない、と思ったので今日はこちらのテーマを取り上げることにしました。
A wie Anton, B wie Berta…
A | Anton | Q | Quelle |
B | Berta | R | Richard |
C | Cäser | S | Siegfried / Samuel |
D | Dora | T | Theodor |
E | Emil | U | Ulrich |
F | Friedrich | V | Viktor |
G | Gustav | W | Wilhelm |
H | Heinrich | X | Xanthippe |
I | Ida | Y | Ypsilon |
J | Julius | Z | Zacharis / Zeppelin |
K | Kaufmann | Ä | Ärger |
L | Ludwig | Ö | Ökonom |
M | Martha | Ü | Übermut / Übel |
N | Nordpol | Sch | Schule |
O | Otto | Ch | Charlotte |
P | Paula | ß | Eszett |
上記の表が、各アルファベットに与えられた例で伝え方としては„A wie Anton, B wie Berta…“またはもうそのまま„Anton, Berta, Cäser…“と伝える人もいます。
中には、例えば確実に伝わるアルファベットはそのまま言ってしまい、混ぜていくスタイルの人もいるにはいるのですが、これは私だけかもしれませんが聞き手としては結構戸惑います。
これはドイツ語でBuchstabiertafelやTelefonalphabetなどと呼ばれています。
似たようなものでNATOの制定したNATOフォネティックコードというものがあり、こちらをご存知の方はいらっしゃると思いますが、ドイツでは独自のものが使われています。
また、最近では経済界や役所の事務などでの使用を目的とした新しいBuchstabiertafelも普及しており、そちらでは街の名前が採用されています(例:A wie Aachen, B wie Berlinなど)。
Buchstabiertafelとドイツの歴史
このドイツのBuchstabiertafelには人の名前が多く使われていることがわかるかと思いますが、実はこのBuchstabiertafelはとりわけ20世紀初頭のドイツの政治体制の入れ替わりによって、使われる例が大きく異なっていたそうです。
ワイマール時代までにはSamuelやNathanといったヘブライ語由来の名前が含まれていましたが、ナチス時代になるとこれらの名前に加え著名なユダヤ系ドイツ人を想起させる名前が排除されました。
現在でも一般的に使用されるBuchstabiertafelにはナチス時代に導入されたものがそのまま残っている例もありますが、例えば2020年にはナチス時代に排除されたものを戻そうというシンボル的な試みもなされました。
また、戦後ドイツが東西に分かれていた時代、東ドイツでは西ドイツとは若干異なるBuchstabiertafelも使用されていました。
他のドイツ語圏では?
さて、これまではドイツのものを紹介したのですが、ドイツ語が使用されるオーストリアやスイスにはドイツとは少し異なるBuchstabiertafelがあります。
オーストリアではこれまで以下のスペルに異なる例があてられています。
Ch | Christine |
K | Konrad |
N | Nobert / Nordpol |
Ö | Österreich |
X | Xavier |
Z | Zürich |
ß | Scharfes S |
実はオーストリアでは、オーストリア・ドイツ語の言語基準(正書法など)を定める機関により今年からこのBuchstabiertafelに大きな改定が実施されました。
この新しいBuchstabiertafelについては参考文献にリンクを掲載していますので、ご興味のある方は是非ご覧ください。
非常に面白い点として、これまでドイツとかなり多くの共通点があったのですが、ドイツともスイスとも違う独自の例を盛り込んでいるということが挙げられます。また、EmmaやNora、Sarahといった多くの女性名が新たに加えられていることも特徴的です。
一方スイスでは昨年までのオーストリアのBuchstabiertafelやドイツのものと比べるとかなり多くのスペルの例が異なっています。
A | Anna | Q | Quasi |
B | Berta | R | Rosa |
C | Cäser | S | Sophie |
D | Daniel | T | Theodor |
E | Emil | U | Ulrich |
F | Friedrich | V | Viktor |
G | Gustav | W | Wilhelm |
H | Heinrich | X | Xavier |
I | Ida | Y | Yverdon |
J | Jakob | Z | Zürich |
K | Kaiser | Ä | Äsch |
L | Leopold | Ö | Örlikon |
M | Marie | Ü | Übermut |
N | Niklaus | Sch | Schule |
O | Otto | Ch | Chiasso |
P | Peter |
ÖrlikonやZürich、Chiasso、Yverdonはスイスを想起させる街や街の一角を表していますが、特にChiassoやYverdonといった例はドイツ語の他にもフランス語やイタリア語が使用される国だからこその多様さを示していると感じられます(Chiassoはイタリア語圏、YverdonはYverdon-les-Bainsという名の場所でフランス語圏)。
おわりに
よくよく考えてみると、日本語でも電話などで漢字の説明をするときに例や漢字のつくり(例:糸へんに「少ない」の「沙」)を使って表現しますが、その時には多種多様な説明の仕方があると思います。
アルファベットが使用される言語でも同様に確実に情報を伝えるための手段としてこういったものがありますが、ほかの言語が使われる国ではどうなのかな?と、私も気になりました。今回は取り上げませんが、もしご興味が湧いた方がいましたら是非調べてみてください。
参考文献
https://de.wikipedia.org/wiki/Buchstabiertafel
https://www.duden.de/sprachwissen/sprachratgeber/Die-Geschichte-des-Buchstabieralphabets
http://oedeutsch.at/OEDTPORTAL/downloads/AT-Buchstabiertabelle%20NEU-2025.pdf

日本でドイツ語言語学を専門に修士号をとったのち、ドイツへやってきて7年が経過しました。ドイツ語と日本語を日常で使いながら生活する中で気づいたことばに関するお話を、言語学の専門知識を織り交ぜながらこのブログの中でお伝えできればと思います。
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