国際女性デードイツにおける女性の生き方

去る3月8日は国際女性デー(International Woman’s Day, Internationaler Frauentag)でした。日本ではまだまだ認知度が低いようですが、女性の十全かつ平等な社会参加の環境を整備するよう加盟国に呼びかける日として、国連によって1975年に制定されました。日本では、政治家の女性蔑視がしばしば問題化し、様々な場面で、女性が理不尽な事に遭遇することが今日でも少なくありません。さて、ではドイツにおける女性の社会的地位はどのようなものでしょう。

国際女性デーとは? 2019年からベルリンでは祝日に制定

 

国際女性デーの起源は、1904年3月8日のニューヨークにおける婦人参政権を求めたデモを受け、1910年のデンマークで行われた国際社会主義者会議で、女性解放運動の母ともいわれるドイツの社会主義者クララ・ツェトキンによって、この日が記念日として提唱されました。国際女性デーが、公式な祝日とされている国も多く、ドイツでは、2019年1月に首都ベルリンで3月8日が祝日に制定されました。国内16州ではベルリンのみが祝日ですが、この理由には、ベルリンは国内で最も祝日が少ない州であること、そして、旧東ドイツでは女性デーが根付いており、女性に赤いカーネーションを贈る習慣もあり、女性の社会的地位の向上に貢献した団体や個人が表彰されていたそうです。

 

女性の社会進出―東西ドイツの格差

 

欧米諸国における女性の社会進出は、日本よりも進んでおり、男女格差も少ないイメージがあります。確かに実情としては、世界経済フォーラムが発表する男女格差指数(Gender Gap Index)2020にも表れているように、日本のランキングは、153の主要国と重要国のうち、121位で、過去最低を記録しています。一方、ドイツは10位。アイスランド、ノルウェー、フィンランドといったTOP3を占めている北欧諸国には及ばないものの、高い水準にあるようです。

しかし、この成果はこの30年ほどで改善されてきた結果であり、ドイツでも『男は外で働き、女は家を守る』というような性別役割分担の思想が根付いていました。意外にもこのような傾向が強く見られたのは、旧東ドイツではなく旧西ドイツでした。旧西ドイツでは、法的にも女性の権限が小さく、夫の同意なしには銀行口座も作れない、就労もできない等々の19世紀末の規制が1977年まで適用されていました。

一方、旧東ドイツでは、女性の自立に関しては先進的でした。男女平等に矛盾するような旧態依然の法規制を撤廃し、女性の就労とキャリアサポートに加え、育児への環境整備、中絶権の保証も認められ、1989年の現役世代の女性の就労率は、実に91%にも達していたとのことです。15年に亘り首相を務めているアンゲラ・メルケル氏が、旧東ドイツライプツィヒの出身であることも、象徴的かもしれません。

ドイツでは、女性の社会進出という面でも東西格差が存在しますが、総じて言えるのは、『精神的にも経済的にも自立した女性』というロールモデルが、日本よりも強く意識され、そのための制度やサポートも改善されてきた、ということです。

しかし、新型コロナ感染拡大防止の措置であるロックダウンの期間、保育所や学校が閉鎖となることにより、母親への育児、家事の負担が増え、家庭内における性別役割分担が息を吹き返したとも伝えられています。女性の生き方は、時代と共に今後どのように変化していくべきか、どの国においても大きな課題のようです。


参考HP

 

 

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