ドイツの美術 ① 中世、近世

芸術の都といえばパリ、音楽の都といえばウィーン。ドイツの芸術といえば、ドイツのクラシック音楽も見逃すことはできません。超一流の作曲家、バッハ、ブラームス、ベートーベンといった3Bと言われる巨匠作曲家が存在しますし、一流のオーケストラも多くあります。一方、建築、彫刻、絵画美術の領域では、イタリアやフランス、スペイン、オランダなどの近隣諸国に比べると、若干地味な印象があり、ぱっと思い浮かぶ有名画家も、そこまで多くはないのかもしれません。ドイツ美術の歴史、ドイツ的美術とはどのようなものでしょう。二回に渡ってお届けします。

世界遺産でもあるロマネスク様式のシュパイアー大聖堂
世界遺産でもあるロマネスク様式のシュパイアー大聖堂

ドイツ美術とは

 

ドイツは、地理的にヨーロッパの中央に位置し、国境も度々変わり、周囲の国々からの文化的影響が大きく、特に美術においては、長らくフランス、イタリアからの影響下にあったといわれています。ゴシック、ルネッサンス、バロックといった外来の芸術様式を、独自の形態へと取り込み、「ドイツ化」させ、発展させてきたのがドイツ美術の大きな特徴といえます。

歴史的にみると、ドイツ美術の源流は、キリスト教文化が栄えていた中世、10世紀のオットー1世の支配下の時代から始まったとされており、この時代の様式は「ドイツ・ロマネスク」や「オットー朝美術」と も名付けられています。世界遺産にも登録されているシュパイアーの大聖堂は、ロマネスク様式で建てられた最大の大聖堂です。他にも、ヒルデスハイムの聖ミハエル聖堂や、南ドイツボーデン湖に浮かぶライヒェナウ島も世界遺産ですが、ミハエル聖堂内の青銅扉、ライヒェナウ島内の修道院の写本挿絵もロマネスク時代の作品であり、ドイツの造形美術の礎ともいわれています。

デューラー作 『四人の騎士』
デューラー作 『四人の騎士』

中世から近世にかけたドイツの美術

 

時代は下り、14世紀、15世紀には、木版画、銅版画が興隆した時代でした。版画の技術は、イタリアやフランスの美術を凌駕する技術と独創性をもち、外国からの芸術様式から影響を受ける立場だったドイツにとって、完全に優位な主張を持つことができる美術の分野だったといわれています。

さらに、15世紀末から16世紀においては、2度に渡るイタリアでの修行を経て、ドイツ美術に新しい芸術領域を切り開いたアルブレヒト・デューラー(1471-1528)が登場します。イタリア・ルネサンス美術の様式と理念、人体表現と空間表現における理想的な技法を、ドイツ絵画へと移植したともいわれ、ドイツ宗教改革時代に登場したドイツ出身の代表的画家として早くから名声を挙げました。また、同時代にはドイツ絵画史上で最も重要な作品のひとつといわれる『イーゼルハイム祭壇画』を生み出したマティアス・グリューネバルト(1470/1475-1528)、ルーカス・クラナッハ(1472-1553)、アルブレヒト・アルトドルファー(1480頃-1538)、ハンス・ホルバイン(1498‐1543)といった画家、版画家も活躍し、ドイツ絵画史に刻み込まれており、「ドイツ・ルネサンス」と称される時代となりました。

グリューネバルト作 『イーゼンハイマー祭壇画』
グリューネバルト作 『イーゼンハイマー祭壇画』

 

絵画芸術においては、近隣諸国から遅れをとっていたドイツ(当時は神聖ローマ帝国)ですが、歴史的変遷で、どのような表現と運動が今後生まれていくのでしょうか。次回は、近代と現代のドイツ美術についてお届けします。


 

参考HP

参考文献

  • 世界美術大系第18巻 ドイツ美術 前川誠郎編 1962年

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