テクノの聖地 ドイツのテクノカルチャー

ドイツの音楽といえば、クラシックには長い歴史と伝統がありますが、アンダーグラウンドな世界で人気のテクノミュージックも、その発信地としての歴史があります。ドイツの首都ベルリンはテクノの聖地とも言われ、1989年から10数年にわたり開催されていたテクノのイベント、ラブパレード(Loveparade)も世界的に有名でした。今回はドイツのテクノカルチャーの世界をのぞいてみましょう。

テクノの父といわれる電子音楽ユニット「クラフトワーク」
テクノの父といわれる電子音楽ユニット「クラフトワーク」     (Photo by Raph_PH – CC BY 2.0)

ドイツ発の電子音楽の父、クラフトワーク

 

一般的に、ダンスミュージックとしてのテクノの発祥の地は1980年代中盤のアメリカ、デトロイトといわれており、「デトロイト・テクノ」というジャンルで括られることもありますが、実際には、それ以前の1970年に登場した、ドイツ・デュッセルドルフ発の伝説的電子音楽ユニット「クラフトワーク」(Kraftwerk)が、電子音楽の父と言われています。というわけで、電子音楽を基盤にした新しい音楽の潮流は、既に欧州、ドイツで存在していました。1970年代当時、シンセサイザー、リズム・マシンなどを基盤にしたクラフトワークの先進的な音楽は、世界中に拡がりをみせ、ヒップホップやロック、その他様々な音楽ジャンルに影響を与え、進化を遂げました。

実験的な音楽を追求し続ける彼らは、今日でも世界を牽引する存在であり、2010年代には、実に三度もグラミー賞を受賞しています(2014、2015、2018)。クラフトワークのラルク・ヒュッターが「クラシックだけではない、ドイツ独自の音楽を築く必要性があった」と2004年に来日した際のインタビューで語っているのも印象的です。

文化資産としてのテクノカルチャー

 

テクノは、技術・工業産業が発展しているドイツでこそ発展した音楽ともいえるのでしょうか?確かにクラフトワーク自身も、デュッセルドルフが属するルール工業地帯から、自身の音楽を発信している意義を語っていますし、ベルリンでは、東西ドイツ統一後に、廃墟となった工業施設や発電所を再利用した伝説的なクラブがいくつも出現しています。

そして、ベルリンの世界的に有名なクラブ「ベルクハイン」(Berghain)が、アンダーグラウンドな文化とはいえ、ひとつの文化を形成しているクラブである以上、クラシックが演奏されるコンサートホール同様、ひとつの文化施設として軽減税率が適応されるべきと訴えた末、2016年にその訴えが認められ、ドイツ政府から「ドイツの文化施設」とのお墨付きも得ています。

テクノカルチャー、そしてクラブカルチャーはドイツのひとつの文化であると云っても、既に過言ではありません。そして、昨今のコロナによる影響によって、休業に追い込まれているベルリンのナイトライフ、クラブカルチャーを守り続けるためのアクションであるGeschlossen für morgenは、インターネット、SNSを通じて、クラウドファンディングや、グッズの販売で、このコロナ禍を乗り越えようと試みています。

ドイツのテクノカルチャー。クラフトワークが、ドイツ独自の音楽表現を試みた電子音を基盤とした音楽性。ドイツ的な自然愛とは相反する文化が根付いている世界は、興味深いと思いませんか?


参考HP

参考文献

  • 監修 美馬亜貴子 『TECNO POP』シンコーミュージック 2004

 

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