言葉で男女共同参画社会へ

新型コロナウイルスが発生してから男女の役割に関する議論が非常に高まりました。オーストリアでは厳しいロックダウンが実施された影響で、多くの人が在宅ワークに従事し、学校が閉鎖されたため、家族全員が一日中、同じ屋根の下で一緒に過ごす時間が多くなりました。家庭内での男女の役割を比べてみると、家事から子供の世話に至るまで女性の方が大きな負担を担っています (Arbeiterkammer)。

 コロナが発生した当初、オーストリアの新聞で「男女の役割分担が50年代の頃に戻った」という記事を読んだことがあります。しかしオーストリアの社会はコロナ禍前には平等だったかというと、決してそういうわけではありません。純粋に学歴の点だけ見れば、オーストリアの女性は男性よりもっと稼いでいてよいはずなのです。2020年の大学卒業率は、女性が24.1%であるのに対して、男性は18.9%です(Statistik Austria )。それなのに、賃金は男性の方が高く、2020年には男女の間にまだ18.9%の賃金格差(Gender Pay Gap)がありました。その理由としては、女性は子育てがあるのでパートタイムでしか働けない、大学の専門が男性とは違っている・・・等、色々な理由が挙げられます。女性だって男性と同様に自由に社会生活に参加できる資格を持っていますが、女性が社会的な立場や地位に進出するにつれ、実はドイツ語特有の「言葉の問題」も浮き彫りになってきました。今日は男女共同参画社会を目指す上で障害となるこのドイツ語特有の言葉の問題についてお話したいと思います。

 

 

性的区別のない表現

 

男女平等に関して激しく議論されているのはドイツ語という「言葉」の持つ特性についてです。オーストリアだけではなく、ドイツ語圏の国々では「ゲシュレヒターゲレヒテー・シュプラーヘ」(Geschlechtergerechte Sprache) という性的区別のない「ジェンダーニュートラルなドイツ語表現」についてもう何年もの間、論争が続いています。ドイツ語の名詞には日本語や英語とは異なり、男性形・女性形・中性形があります。例えば、椅子「der Stuhl」( シュトゥール)は男性名詞、時計「die Uhr」(ウーァ)は女性名詞、本「das Buch」(ブーフ)は中性名詞です。名詞の前に置く定冠詞の「der・die・das」(デア・ディ・ダス)は男性形・女性形・中性形を表します。この文法上の決まりは「物」に対しては特に問題ありませんが、「人間」に関しては問題が生じます。ドイツ語では人間の女性の職業等を表記する場合、人を表す男性名詞に「-in」を添えて、それに対応する女性名詞を作ります。分かりやすくするために、「先生」と「市長」という2つの名詞を例に説明しますね。

日本語で「先生」や「教師」と云えば、女性でも男性でもどちらでも構いませんね。でもドイツ語では男性教師は「Lehrer 」(レーラァ)と男性名詞で表現し、女性教師は「Lehrerin」(レーラァリン)と女性名詞で表現します。「Lehrerin」の語尾「-in」は、該当する人物が女性だということを表します。では、「市長」の場合はどうでしょう? 「市長」とは「市民」(男性市民はBürger、女性市民はBürgerin)の「長」(男性の長はMeister、女性の長はMeisterin)という意味ですが、男性市長は「Bürgermeister」(ビュルガァマイスタァ)と言います。「Bürger」(ビュルガァ)も「Meister」(マイスタァ)も、どちらも男性名詞です。では女性市長の場合はどうなるでしょう? 「Bürgermeisterin」( ビュルガァマイスタリン)でしょうか、それとも「Bürgerinmeisterin」(ビュルガァリンマイスタリン)でしょうか?

正解はBürgermeisterinです。「市民」はそのまま男性形(Bürger)で、「長」だけが女性形(Meisterin)になります。

いずれにしても職業や身分を表す名詞については、該当する人物の男女の性別に応じて男性形か女性形かのいずれかを使わないといけないので、「Xジェンダー」(これは和製英語です!)と呼ばれる男女いずれにも属さないと考える性自認を持つ人についてはどちらの形を使えばよいのか困ってしまいます。この点でドイツ語という言語はとても制限がある言葉ですね。しかしこれまで、もっと総括的な単語を作ろうという運動はあまり見られませんでした。最近では、Xジェンダーや男女区別の問題を考慮して、男性女性を一括で表記できる色々な表記法が開発されています。よく見かけるのは「*」や「_」または「:」を使った表記です。先の「先生」を例にすると、「Lehrer*in 」、「Lehrer_in」、「Lehrer:in」などと表記することにより、「Lehrer 」と「Lehrerin」の両方を一括表記しています。このような表記を発音する時は印のところで一呼吸入れて、「レーラッリン」のように発音します。ラジオのニュースなどでよく聴けますよ。

最後は名詞の複数形ですが、ここにも同じ問題が存在します。男性と女性を含めて「先生たち」のグループを表現したいときは一般に男性形を使えます。「Lehrer」(レーラァ)(Lehrerの複数形もLehrer)です。つまり、男性だけの「先生たち」でも、女性と男性から成る「先生たち」でもLehrerを使えます。でも最近では、女性形も含められように「Innen」を使う表記がよく使われています。女性と男性を含む「先生たち」は「LehrerInnen」(レーラッリンエン)、女性と男性を含む「市長たち」は「BürgermeisterInnen」(ビュルガァマイスタリンエン)となります。中の「i」は大文字で表記します(Binnen-Iと云います)。もちろん、Xジェンダーも含めたい場合は、上で紹介した「*」などの星マーク(das Gendersternchen)を使った書き方もあります。つまり、「Lehrer*innen 」ですね。

ついでに「大学生」(Student/Studentin)を表すスマートな別表記をご紹介しておくと、大学生を「大学で勉強する人」(Studierender/Studierende)と表せば、これの複数形には男女の区別なく共に「Studierende」となるので、メールなどでは「学生諸君」の意味でこの共通の複数形がよく使われているようです。

ちなみに、一般に性的区別がない表現を使うことをドイツ語で「ジェンダーン」(gendern)と言います(「ゲンダーン」とは発音しません!)。動詞です。ジェンダーンは本当に複雑で難しいです。私もドイツ語のテキストを書く時は、ジェンダーンに関してどうすればよいのか頭が痛いです。

 

 

ジェンダーンは本当に効果があるか?

 

性的区別のない言葉を支持している人たちの意見を取り入れて、大学での通達から公共放送まで、性的区別のない表現を使うところがどんどん増えています。しかし、性的区別のない表現は長くて不便だと思う人も多いようです。また、表現を変えても女性の給料や役割分担には影響を与えないという意見も聞きます。何年間議論されても、本当に効果があるかどうかの結果はまだ出ていないみたいです。ただし、私は日本語を勉強してから性的区別のない表現が平等の実現に必要だという考え方に対して疑義が生じました。日本語はドイツ語と比べると割と性的区別のない言葉です。もちろん、男らしい話し方や女らしい話し方があるし、自分に対して「わたし」、「あたし」、「僕」、「俺」を使うのでは、その人の印象が変わります。しかし、基本的に文法上は性的区別がありません。市長は女性でも男性でも「市長」なので男女の区別はありません。でも、だからと云って日本の社会は平等かと云えば、決してそうとは言い切れないと思います。私はそれでもやはり言葉の役割の重要性を無視する必要はないと思っています。特に性的区別のない言葉に関して男性側から強い不満や反対の意見が唱えられるとき、それは不平等の考え方を反映していると思います。自分でもまだ良い答えが見つかっていませんが、なるべく総括的な表現を使いたいと決めました。言葉は常に変化するものなので、女性やXジェンダーにも使いやすい表現に変更してもよいと思います。

 

Bis zum nächsten Mal,

 

Schmankerl


参考ホームページ

Arbeiterkammer (2020) Unbezahlte Arbeit im Lockdown (https://wien.arbeiterkammer.at/interessenvertretung/wirtschaft/wirtschaftkompakt/Unbezahlte_Arbeit_im_Lockdown.html)

Bundeskanzleramt (2022) Einkommen und der Gender Pay Gap

(https://www.bundeskanzleramt.gv.at/agenda/frauen-und-gleichstellung/gleichstellung-am-arbeitsmarkt/einkommen-und-der-gender-pay-gap.html)

Duden (2022) Geschlechtergerechte Sprachgebrauch (https://www.duden.de/sprachwissen/sprachratgeber/Geschlechtergerechter-Sprachgebrauch)

Statistik Austria (2022) Internationaler Frauentag 2022: Der Lohnunterschied zwischen Frauen und Männern geht zurück, bleibt mit 18,9% aber auf hohem Niveau (https://www.statistik.at/web_de/presse/127700.html)

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