スイス発祥の五輪競技

 

東京オリンピック・パラリンピックがコロナの影響で1年も延期して開催されたこともあって、あの盛り上がりをついこの間のことのように感じている人も少なくはないと思いますが、半年後にはパリで次のオリンピックが待ち構えており、各種準備もいよいよ大詰めを迎えていますね。

それに伴い、本ブログでもオリンピックイヤーに合わせてスポーツに関する様々なネタをご紹介しようと考えております。

そして、その記念すべき第一弾としてスイスで生まれた五輪競技についてのお話をさせていただきますが、皆様はスイス生まれの五輪競技と言えばどのようなものがあるかご存知ですか?

スイスは雪国であるが故に、夏よりも冬のスポーツが盛んであるため、今回ご紹介するスポーツも当然ながら冬季オリンピックの競技になります。

名前からして「アルペンスキー」がスイス発祥の競技と思われがちですが、実を言うとアルペンスキーは北欧で生まれたとされており、残念ながらスイスを起源としていません。

一方、スイスのイメージがさほどないものの、歴史を辿ればそのルーツがスイスにあるのがなんと「スライディング競技」なのです。

したがって、今回はそんなスイス発祥のスライディング競技についてご説明いたします。

 

 

スライディング競技とは?

 

日本では競技人口が極めて少ないことから、「スライディング競技」という言葉を聞いてピンと来ない人も多いでしょうが、スライディング競技とは、特殊な橇(そり)でアイスチャンネルと呼ばれる氷でできた専用のコースを滑走する様々なスポーツの総称です。

これには、大半の方にあまり馴染みがないもののオリンピックで名前だけ聞いたことがあるリュージュ、スケルトン、ボブスレーの3つの競技が含まれます。

これらの競技を簡単に説明しますと、リュージュは可動式ブレードの付いた橇に座るか仰向けになって滑るのに対し、スケルトンは固定されたブレードの橇にうつ伏せの状態でコースを滑走するものです。

また、リュージュでは既に橇に乗った状態で両手を使って漕ぎながら滑り始める一方、スケルトンではスタート時に橇を押しながら助走を付けて飛び乗るという違いがあります。

そして、ボブスレーに関してはハンドルでブレードの操作が可能で上記2競技に比べて凡そ2倍の長さのある橇が使用され、スピードを上げるために流線型のカバーまで取り付けられた乗り物でコースを走るスポーツです。

スケルトンと同様に、ボブスレーにおいても助走を付けてから橇に飛び乗ります。

さらに、各競技には複数の種目が存在し、リュージュには男子1人乗り、女子1人乗り、2人乗り、ならびに前3種目の総合得点を争うチームリレーがある一方、スケルトンは男子1人乗りと女子1人乗りの2種目のみで開催され、ボブスレーについては女子1人乗り、女子2人乗り、男子2人乗り、および男子4人乗りに分かれています。

全てのスライディング競技はスタートしてからゴールに到達するまでの時間を競うスポーツであることから、助走に加え、滑走中の風の抵抗やカーブに入るタイミングが重要です。

言い換えれば、スライディング競技の選手には助走に必要な瞬発力と早い脚の他、コースの特徴を把握する能力、および瞬時に対応できる反応力が問われます。

中でも4人乗りボブスレーではチーム全員の体重がスピードを大きく左右し、150キロの最高速度に達するだけでなく、カーブでは5Gの重力が掛かることもあるので、極めて過酷で危険な状況でも冷静な判断力が不可欠です。

それ故、4人乗りボブスレーはスライディング競技の花形種目とされており、冬季オリンピックでは最後の目玉として開催期間の終わりごろに決勝戦が行われるのが伝統です。

 

リュージュ

 

スライディング競技の始まり

 

スライディング競技の概要を聞いてスイスとの関連性やこれといったスイスらしさを感じられない方も少なくはないでしょう。

実際のところ、橇は元々雪が積もった道路で荷物を運ぶための運搬機器として発明され、ロシアを始め、北米やヨーロッパ諸国では利用者が雪の傾斜面や山道を滑る遊具にも利用したことが知られています。

したがって、橇を使った遊びはスイスのみならず、様々な国でも古くから確認されているのが現状です。

とはいえ、スイスの高級リゾート地では19世紀以降、富裕層が冬場にゲレンデでスキーを楽しむ他、坂道を橇で滑るのが人気のレジャー活動となっており、それぞれのホテルでは外国からの観光客向けに橇を貸し出したり、滑走するためのコースを整備したりするサービスがありました。

そして、1883年にはダヴォス(Davos)にて地元で一般的な「ダヴォス橇」(Davoser Schlitten)に乗ってタイムを競う橇レースが開催され、これがスライディング競技の始まりとされています。

その2年後にはサンモリッツ(St. Moritz)で橇を楽しむための専用コースである「クレスタラン」(Cresta Run)が建設されると同時に、世界初の橇競技クラブである「サンモリッツ・トボガニングクラブ」(St. Moritz Tobogganing Club)が設立されました。

これによって橇はもはや単なる遊具ではなくなり、特定のルールを設けたスポーツとなったのです。

また、1887年にはよりスピードを追及して頭を前にしてうつ伏せの状態で橇に乗った選手が登場しました。

この出来事をきっかけに、スライディング競技は仰向けになって滑るリュージュとうつ伏せで滑走するスケルトンに分かれることになりました。

さらに、1888年にはイギリス人が2台の橇を板で繋いで4人乗りもしくは5人乗りでチーム戦を繰り広げることを提案したところ大反響を呼び、以降は複数人乗りの大会も行われることになったのです。

これがボブスレーの生まれた瞬間とも言えますが、競技の正式名称や大まかな規定は1897年に「サンモリッツ・ボブスレークラブ」(St. Moritz Bobsleigh Club)が誕生してから広く知れ渡りました。

その後、トボガニングクラブとボブスレークラブの間でコースの利用に関する争いが勃発したことから、両者はそれぞれの大会に別の競技場を使うことで合意し、スケルトンは引き続き「クレスタラン」で開催され、リュージュとボブスレーは1904年に新たに開発された「オリンピアラン」(Olympia Run)で行われるようになったのです。

 

スライディング競技の橇の原型となった「ダヴォス橇」

 

スライディング競技で使用するコース

 

スライディング競技は元々雪で覆われた坂道で実施されたことから、自然の氷でできたコースで行うことが可能ですが、大会期間中に天候や気温に左右されず、常に同じ条件を維持するために、コンクリート製で人工冷却装置付きのコースを使用するのが主流です。

したがって、スライディング競技で使うコースには膨大な建設費用と維持費がかかり、現在大会などで使用されているコースは世界中でなんと18しか存在しません1

しかも、その殆どが過去の冬季オリンピックのために建てられ、最新の競技規定を満たしていることから残っていると言えます。

逆に、毎晩水を撒いて自然冷却を行いながら整備される自然コースは極僅かで、世界大会を実施できる規模を誇り、大会基準にも合格しているものとしては上記でご紹介したスイスのサンモリッツにある「オリンピアラン」が唯一です。

当該コースは現存する世界最古のスライディング競技場であるだけでなく、1928年および1948年の2度にわたってサンモリッツで開催された冬季オリンピックでも利用された実績を誇ります。

また、各コースには自然と人工の違いがあるのみならず、経路やカーブの数に加え、距離や高低差も異なるのです。

したがって、スライディング競技は競馬と同様に、開催地が変われば選手のタイムや順位も変わるという特徴があります。

それ故、スライディング競技には世界記録の概念が存在せず、全てのタイムはあくまでそれぞれのコースのみに該当するコースレコードとして記録されます。

さらに、まぐれや偶然を避けるために、それぞれの種目では2回または4回滑走して、その合計タイムで順位が決まるので、一度だけ早い滑りをしても優勝はできず、全てのランを計算して一番早かった選手が勝つ仕組みです。

 

 

現在も使用されている世界最古のスライディング競技用コース 「オリンピアボブラン サンモリッツ・ツェレリーナ」(通称:オリンピアラン) (写真:Sandro Halank、CC BY-SA 4.0)(2021/22 St. Moritz–Celerina Luge World Cup and European Championships)

 

今回は普段あまり触れる機会がないスライディング競技についてのお話でしたが、如何でしたか?

リュージュやスケルトンはともかく、ボブスレーは過去の冬季オリンピックで毎回正式種目になっていたこともあり、皆様もその存在は知っていたと思います。

しかし、それら全てが元々スイスの伝統的な木製の橇を起源として、リゾート地を訪れた外国人観光客の娯楽から生まれたスポーツであることをご存じなかった方が多いのではないでしょうか?

とはいえ、スライディング競技は所詮すべての選手が同じコースを滑るだけで、バラエティーやこれといったハプニングもない地味なスポーツであると考えている人も少なくないでしょう。

また、スライディング競技の魅力に気付く接点がなかなかないことから、どうしても関心が持てない方も多いと思います。

したがって、本ブログをお読みになってくださって、「スイス発祥の競技」をきっかけにリュージュ、スケルトン、そしてボブスレーにもご興味を持っていただけますと幸いです。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

1出典:国際ボブスレー・スケルトン連盟:

https://www.ibsf.org/de/bahnen


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
延期する verschieben

(フェアシーベン)

verschiäbe

(フェルシエベ)

ルーツ Wurzeln

(ヴアツェルン)

Wurzle

(ヴルツレ)

仰向け Rückenlage

(リュッケンラーゲ)

Ruggelaag

(ルッゲラーク)

うつ伏せ Bauchlage

(バウフラーゲ)

Buuchlaag

(ブーフラーク)

飛び乗る aufspringen

(アウフシュプリンゲン)

uufschpringe

(ウーフシュプリンゲ)

瞬発力 Schnellkraft

(シュネルクラフト)

Schnällchraft

(シュネルフラフト)

レジャー Freizeit

(フライツァイト)

Freiziit

(フレイツィート)

レース Rennen

(レンネン)

Ränne

(レンネ)

争い Streit

(シュトライト)

Schtriit

(シュトリート)

建設費用 Baukosten

(バウコステン)

Bauchoschte

(バウホシュテ)

 

参考ホームページ

国際リュージュ連盟オフィシャルサイト:https://www.fil-luge.org/de/startseite

国際ボブスレー・スケルトン連盟オフィシャルサイト:https://www.ibsf.org/de/

クレスタランオフィシャルサイト:https://www.cresta-run.com/home/

オリンピアボブランオフィシャルサイト:https://www.olympia-bobrun.ch

スイス国立博物館:俗物スポーツからボブスポーツへ:https://blog.nationalmuseum.ch/2021/02/bobsport/

 

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