スイス人のソウルフード「セルヴェラ」

 

いきなりですが、皆様はスイス人の主食といえば何だと思いますか?

というのも、日本人は必ずと言っていいほどお米をメインの食材にして様々なおかずを添える習慣があり、主食と副食が明白になっているせいか、国外でも同様な概念があると考えているようです。

しかし、スイスを始め、欧米諸国ではそのような概念がないため、主食は何だと尋ねられた際にいつも困ってしまい、強いて言うなら「パン」もしくは「ジャガイモ」がそれに当たると答えるしかありません。

したがって、スイス人に対して主食は何であるかを尋ねた際に納得のいく回答を得るのはなかなか難しいです。

一方、スイス人なら誰しもが口を揃えて自身の「ソウルフード」と主張する食べ物なら存在します。

国外ではさほど有名でないものの、スイス人から見ればそれは「スイスの国民食」などと称されるほど絶大な人気を誇り、季節を問わずに色々なシチュエーションで食べられている食材です。

という訳で、今回は意外と知られていないスイス人のソウルフードである「セルヴェラ」をご紹介させていただきます。

 

スイス式の燻製処理した茹でソーセージ

 

名前だけ聞いてもピンと来ない方が多いと思いますが、セルヴェラ(CervelatまたはCervelas)とはソーセージの一種で、細かく分類するとウィンナーと同様に燻製にした茹でソーセージの仲間に数えられます。

ただし、サイズはウィンナーに比べて約3倍の太さがありますが、長さは3分の2程度しかないため、軽度な曲線を描いているずんぐりむっくりした形状が特徴的です。

中身には主に牛肉を使用し、ベーコンと上皮部のミンチを氷水と混ぜ、玉葱、胡椒、ナツメグ、にんにく、丁子などの香辛料で味付けを施して作ります。

地域によってはさらに豚肉や子牛の肉を足す製造法が存在するものの、スイス全国で基本的に大した違いはないです。

また、セルヴェラの語源がラテン語で小脳を意味する「ケレベルム」(cerebellum)に由来するとの説があることから、牛の脳みそが原材料として入っていると誤解される人もいますが、セルヴェラに脳みそが含まれることは一切ありませんし、過去にそれが入っていたレシピも確認されていません。

セルヴェラの作り方を示す最古の文献は16世紀にドイツのアウクスブルク(Augsburg)で作成された料理本です。

その本によると「豚肉にベーコンとチーズを混ぜたミンチを茹でて、サフランで下処理を施した腸に詰める」と書いてあります。

その後の17世紀にイタリアおよびフランスでも同様なソーセージが流通していたことが知られていますが、それらは上記ドイツの例と同じく、何れも比較的高価な食材を使用している他、燻製処理も行っていないことから、現在スイスのソウルフードとされているセルヴェラとは別のものと解釈するのが通説です。

したがって、今日スイス人の間で絶大な人気を誇るセルヴェラは19世紀にバーゼル(Basel)で庶民向けに開発された安価で、火を通さずに食べることができる燻製処理した茹でソーセージがその起源とされています。

 

ウィンナー比べて短くて太いセルヴェラ(写真:Schofför、CC BY-SA 3.0

 

1人当たりの年間消費量が20本の超人気商品

 

既に申し上げたように、セルヴェラは燻製処理を行っているので、焼く必要がなく、そのまま食べることが可能なソーセージであるのが最大の特徴です。

とはいえ、スイス人が最も好きなのは焚火の上で軽く炙って焼きソーセージとしていただく食べ方と言えます。

そのため、毎年バーベキューシーズンが始まるとスイス各地のキャンプ場や湖畔などでセルヴェラを焼いている人達の光景を頻繁に目するようになります。

また、同じ時期に急激に増える学校の遠足やクラブの合宿でもバーベキューは付き物で、大半の参加者が持参してくるものがセルヴェラなのです。

私の経験上、遠足を始め、バーベキューをする時にセルヴェラを焼くスイス人の割合は大体30~50%を占めており、言語圏や年齢層を問わずにセルヴェラ派がマイノリティーになることはまずありません。

この事実は統計でも裏付けられており、スイスでは年間1億6000万本のセルヴェラが製造されているとの結果が出ています1

この数字をスイスの人口で割ると、スイス人1人当たりが年間なんと約20本のセルヴェラを食べている計算になるのです。

売上だけで言えば、セルヴェラは白い焼きソーセージに次ぐ2位にランクインしていますが、消費動向に地域差が見られないことと、老若男女にも偏りがなく幅広く支持されていることから、世間一般の人気が他のどのソーセージよりも高いとされ、セルヴェラは「国民的ソーセージ」として位置づけられています。

こうした背景を踏まえて、セルヴェラは1900年に開催されたパリ万博のスイス・シャレーにてエメンタールチーズ、チョコレート、そしてザワークラウトと並んでスイスを代表する特産品として来場客に振る舞われた実績もあるほどです。

 

串刺しにしたセルヴェラを直火で焼くのはスイスでのバーベキューにおける定番の光景(写真:seflick、CC BY-SA 2.0

 

サラダの主役やカツレツの代替品にもなる食材

 

セルヴェラはスイス人のソウルフードと称されるに相応しいだけあって、実にバラエティー豊かな姿で目撃されます。

上述のバーベキューに加え、お祭りなどの屋台でも必ずと言っていいほど販売されており、おやつや小腹が空いた時の軽食としても食べられることが多いです。

さらに、様々な食材に付け加えたり、添えたりするケースも決して少なくありません。

中でも特に有名なのは今やスイスの代表的な家庭料理とも呼べるヴルストサラート(Wurstsalat)です。

ヴルストサラートは直訳すると「ソーセージサラダ」を意味し、セルヴェラをスライスしてから短冊状または半円状に切って、細かく刻んだスイスチーズ、玉葱、ピクルスと和えた後、お酢とサラダ油をベースにしたドレッシングを掛けて食べる一品を指します。

ソーセージをサラダ風にした同様の料理は、南ドイツ、オーストリアやアルザス地方にも見受けられますが、スイス以外でそれらにセルヴェラが使用されることはありません。

また、セルヴェラにチーズを挟んでからベーコンで巻いて焼くといったアレンジレシピも全国的に有名です。

これは元々職人など体力の使う人達が、大好きなセルヴェラをスタミナ食に変身できないかと考えた末に生まれ、アレンジの仕方がカツレツにハムとチーズを挟んだコルドン・ブルー(Cordon-bleu)に似ていることもあって、「労働者コルドン・ブルー」(Arbeiter-Cordon-bleu)の名称が付けられました。

このように、スイス人の間ではセルヴェラが色々な形で食べられており、全国的に普及していないセルヴェラのB級グルメや一部の家庭のみに限定されている食べ方も多々あります。

 

スイスの代表的な家庭料理「ヴルストサラート」(写真:deedee、CC BY 2.0

 

セルヴェラ芸能人

 

スイス人がセルヴェラをどれほど好きで、日常生活においてもそれを如何に身近なものに感じているかは、各家庭の冷蔵庫に必ず在庫があることや、スーパーを訪れる人の買い物籠に高確率で入っている様子を見ればすぐに分かります。

そして、セルヴェラはスイス人にとってあまりにも当たり前すぎるせいか、その名称をソーセージとは全く無関係な分野で「ありふれた」の同義語にも用いるほどです。

というのも、スイスでは大物俳優や人気歌手に比べてマイナーな著名人や一般人と何ら変わらないのに名前が知られている人を「セルヴェラ芸能人」(Cervelat-Prominenz)と呼ぶ習慣があります。

これは大した実績がなく、国外に行けば知名度もないものの、スターを気取っている人物を罵るスイスドイツ語特有の俗語として1980年代頃から使われ始めました。

ただし、過去には実際の一流芸能人が「私はただのセルヴェラ芸能人ですから」などと自らを謙遜して使用した例も見受けられました。

また、昨今の日本で流行っている「推し」のように、一般の人ではないにもかかわらず、ファンとの間に垣根がない存在であることを表すために親しみを込めて「セルヴェラ芸能人」という表現を使うことも少なくありません。

したがって、時と場合によってその単語の意味には個人差がありますが、何れも「庶民的」「一般的」、または「ハイクラスでない」とのニュアンスが含まれているのが共通しています。

こうした慣用語からもスイス人とセルヴェラの関係が垣間見えると同時に、ソーセージという位置づけを超えてもはやスイスの代名詞とも言える食べ物であることが、良く理解できるのは非常に興味深いです。

 

という訳で、今回はスイス人のソウルフードのご紹介でした。

大半の方はドイツをソーセージと結び付けているようですが、実際に現地に足を運んでみると「カリーヴルスト」(Curry-Wurst)を除けばドイツ人とソーセージの関係は実はそれほど深くないことに気付かされます。

そんな中、逆にお隣のスイスが国を挙げてソーセージを自ら国民食としてアピールしている事実に驚いた人も多いのではないでしょうか?

さらに、国外での知名度は低いものの、スイス人にとってソウルフードと呼べるセルヴェラとはいったいどのようなものなのか、気になった方も少なくはないと思いますので、スイスを訪れた際は最低でも1度はセルヴェラを食べることを強くお勧めします。

1回試しただけでスイス人のソウルフードをどこまで理解できるのか、はっきりとしたことは申し上げられませんが、良い意味でも悪い意味でも何かを感じていただけるのは間違いありません。

ただし、セルヴェラは所詮「ハイクラスでない」、「庶民的」で「ありふれた」ものですので、くれぐれも高級ステーキのような絶品や珍味を期待しないでくださいね。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

1出典:スイス外務省:スイス料理に関する事実と数字

https://www.eda.admin.ch/aboutswitzerland/de/home/gesellschaft/schweizer-kueche/schweizer-kueche—fakten-und-zahlen.html


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
主食 Grundnahrungsmittel

(グルントナールングスミッテル)

Grundnahrigsmittel

(グルントナーリクスミッテル)

Reis

(ライス)

Riis

(リース)

副食 Nebengericht

(ネーベンゲリヒト)

Näbegricht

(ネベグリフト)

ウィンナー Wiener Würstchen

(ヴィーナー・ヴュルストヒェン)

Wienerli

(ヴィエネルリ)

茹でソーセージ Brühwurst

(ブリューヴルスト)

Brüewurscht

(ブリュエヴルシュト)

小脳 Kleinhirn

(クラインヒアン)

Chliihirn

(フリーヒルン)

燻製にする räuchern

(ロイヘルン)

rüüchere

(リューヘレ)

遠足 Klassenfahrt

(クラッセンファート)

Schuelreis

(シュエルライス)

おやつ Nachmittagskaffee

(ナハミッタグスカッフェー)

Zvieri

(ツフィエリ)

マイナー unbedeutend

(ウンベドイテント)

unbedütend

(ウンベデューテント)

 

参考ホームページ

スイス割烹の遺産:セルヴェラ

https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkt/Cervelat-Cervelas/182

フード専門誌「デリカテッセン・シュヴァイツ」:セルヴェラのすべて

https://www.delikatessenschweiz.ch/index.php?db=delireport&nr=420

ルツェルン新聞:スイスの特別待遇者~セルヴェラについて知っておくべき(すべての)こと~

https://www.luzernerzeitung.ch/zentralschweiz/luzern/1-august-die-schweizer-extrawurst-alles-wirklich-alles-wissenswerte-zur-cervelat-ld.2168182

 

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