スイスのご当地スイーツ:焼き菓子編
目次
食欲の秋がやってきましたが、皆様はこのシーズンをどのようにお過ごしですか?
厳しい冬に向けて秋ならではの旬の味覚を堪能して体力を付ける人もいれば、肥満症は様々な健康問題に繋がるので秋こそ体調管理が重要だと言う方もいるかと思います。
私自身は完全に前者の方に属するものの、昨年はなんと後者の仲間入りをし、断食を行って大幅な減量に成功しました。
したがって、今年は再び食べる側に戻る予定ですので、各地を巡りながら美味しいものを食べ尽くせるのが楽しみです。
地方の名物と言えば、少し前にスイスのご当地スイーツをご紹介しましたよね?
その際、一括りにできないほど種類が豊富であることから、内容をケーキに絞らせていただき、それ以外のものに関してはまた別の機会を設けてお話することにしました。
あれからまだ半年ほどしか経過していませんが、食欲をそそる季節が始まったので、続編を発表するにはピッタリの時期と言えます。
という訳で、今回はスイスのご当地スイーツ第2弾となる「焼き菓子」について語らせていただきます。

ねっちりとした噛みごたえが絶妙な「バーズラー・レッカーリ」
前回のケーキ編で既にお気付きになった方も多いと思いますが、スイスの郷土菓子の名称には必ずと言っていいほど産地名が含まれており、焼き菓子もその点は例外ではありません。
したがって、最初にご紹介したいご当地焼き菓子はスイスの北西に位置する国境都市バーゼル(Basel)の銘菓「バーズラー・レッカーリ」(Basler Läckerli)です。
どのようなお菓子かと言うと、クッキーのように硬めに焼き上げたジンジャーブレッドになります。
ジンジャーブレッドはドイツを中心に中央ヨーロッパ各地で古くから食べられているお菓子で、通常のケーキ生地に砂糖ではなく、ハチミツを甘味料とし、様々な東洋由来の香辛料をふんだんに使用するのが特徴的です。
地方によってはナッツ類、フルーツピール、さらにはチョコレートを風味付けに足しており、最も有名なジンジャーブレッドの例としてはニュルンベルクのレープクーヘン(Nürnberger Lebkuchen)が知られています。
スイスにおいては貿易が盛んで、シルクロード経由で運ばれてくるスパイスの入手が比較的容易だった主要都市で15世紀からジンジャーブレッドが普及し、17世紀以降に地方特有のご当地レシピが現れ始めました。
そして、バーゼル発祥のバーズラー・レッカーリもおそらくその頃に誕生したと思われます。
というのも、バーゼルでは元々ニュルンベルクのレシピを参考にしていたせいか、ジンジャーブレッドを「ニューレベールガーリ」(Nüürebäärgerli)と呼んでいましたが、1700年頃から「レッカーリ」の名称が用いられることになったのです。
その後、使用する材料や作り方について多少の変更はあったものの、現在のそれと概ね一致すると考えられます。
それを詳しく説明すると以下の通りです:
まず、ハチミツ、砂糖、ならびにシナモン、ナツメグ、粉末クローブを鍋で溶かしてシロップを作り、それと小麦粉、アーモンド、ヘーゼルナッツ、オレンジとレモンのピール、さらにさくらんぼから作るリキュール(通称キルシュ)を膨張剤として一緒にボウルに入れて生地を練ります。
生地を少し寝かせてから、鉄板の上で6ミリほどの厚さに平たく伸ばした状態で焼き上げます。
仕上げに砂糖とキルシュで作ったアイシングを刷毛で薄く塗り、冷めないうちに4~7センチ角のサイズに切り分けたら完成です。
ご覧のように、卵、牛乳、バターは一切使わないのに、完成品は驚くほどしっとりしています。
また、食べた瞬間に柑橘類とスパイスの香り豊かな風味が口全体に広がる他、ハチミツの影響で生まれるねっちりとした嚙みごたえが絶妙です。
そのため、バーズラー・レッカーリは本来バーゼルとその周辺で主にクリスマスシーズンに販売されるお菓子でしたが、その独特な食感とスパイスの効いた味は他の地域でも人気を呼び、今では年間を通して全国のスーパーで取り扱われているスイスの代表的なスイーツであると言っても過言ではありません。

バランスの取れたスパイスミックスの味わいがクセになる「アッペンツェラー・ビバー」
続いてご紹介させていただくスイスのご当地スイーツは、過去に「食の名産地」として本ブログでも掲載したアッペンツェル(Appenzell)の名物「アッペンツェラー・ビバー」(Appenzeller Biber)です。
こちらも分類で言えばジンジャーブレッドの一種ですが、上述のバーズラー・レッカーリとは似ても似つかない別物になります。
バーズラー・レッカーリがねっちりしたクッキーみたいであるのに対し、アッペンツェラー・ビバーは柔らかくてしっとりとした仕上がりになっていて、どちらかというと日本の饅頭に近いです。
というのも、アッペンツェラー・ビバーは饅頭の餡のような甘くて香ばしいフィリングを様々な香辛料の効いた生地で包んでいることから、構造や形状、さらに食感も日本の伝統的なお菓子を連想させます。
しかし、含まれている材料に関しては饅頭とは完全に異なり、作り方にもかなりの違いがあります。
最初に小麦粉、砂糖、ハチミツ、牛乳、およびシナモン、グローブ、アニス、ジンジャー、ピメント、コリアンダー、カルダモン、トウシキミといった多数のスパイスを混ぜて生地にします。
その生地を薄く伸ばした後に、砂糖、水、粉末アーモンド、ビターアーモンド、ならびにオレンジとレモンのピールでフィリングを作り、それを生地の上に塗ります。
そして、フィリングを覆うようにもう一枚の平たい生地を蓋として被せ、中に空気が残らないように圧縮してオーブンで15~20分焼けば完成です。
製造方法はさほど難しくありませんが、フィリングを詰めたジンジャーブレッドは何故かアッペンツェルと隣接するサンクト・ガレン(St. Gallen)を含むスイス北東部のみで作られ、他の地域や国で同様なお菓子の存在は確認されていません。
また、ジンジャーブレッドの片面にアイシングで模様や文字を施して「デコる」ことも頻繁に見受けられるものの、アッペンツェラー・ビバーでは基本的に装飾を後付けせず、生地そのものに絵柄が浮かび上がるよう、事前に入れるのが特徴です。
したがって、生地とフィリングの組み立て作業は、通常、模様の掘られた型に入れて行い、生地の上側に模様の凹凸がしっかり付いたら型から外して焼きます。
因みに、数あるモチーフの中で最も頻繁に目撃するのは、アッペンツェルの旗や印章に登場し、同州の象徴でもある「熊」です。
この点に関しては、地元の大手メーカーによる熊の描かれたアッペンツェラー・ビバーが「子熊ビバー」(Bärli-Biber)という商品名で全国のスーパーやキオスクにて販売されている影響が特に大きいと言えます。
とはいえ、ビバーはそもそも上面のデザインがなくてもアッペンツェルのほぼ全てのパン屋さんと飲食店で販売されているほど当該地方を代表する特産品で、そのしっとりした食感とバランスの取れたスパイスミックスの味わいがクセになることから、スイス全域で広く愛されているお菓子です。

歯が折れそうになっても止められない「ヴィリサウアー・リングリ」
3番目にご紹介させていただくスイスのご当地焼き菓子は、ルツェルン州(Kanton Luzern)の北西部にあるヴィリサウ(Willisau)の銘菓として有名な「ヴィリサウアー・リングリ」(Willisauer Ringli)です。
スイーツの種類としてはクッキーに分類されますが、その味と食感は世界的に見ても独特で、おそらく唯一無二と言っても過言ではありません。
というのも、ヴィリサウアー・リングリは一般的なクッキーとは打って変わって強い柑橘系の味がする他、日本の堅焼き煎餅でも比べ物にならないほど硬いのを最大の特徴としています。
また、形状もクッキーで最もよく見かける長方形や円形ではなく、真ん中に穴が開いている直径5センチ程度のリングになっているのです。
作り方に関しては「砂糖を7ポンド、水を7カップ、レモン2個分とオレンジ1個分の果皮、小麦粉を6ポンド」という元祖のレシピが存在しますが、実際にはハチミツ、塩、ならびに様々なスパイスも入っています。
各素材の正確な分量と割合は地元の製造者しか知っておらず、一般公開されていないものの、あの独特な柑橘系の味を出すには生地の半分近くが砂糖、水、ならびにレモンとオレンジの皮を含むシロップでできていると考えられます。
さらに、生地に大量の砂糖が含有されていることから、焼き上げる際に砂糖の硬化(結晶化)を防止するため、オーブンに入れる直前に生地に水を吹き掛けておくのも必須です。
それでも完成品は消費者の間で「花崗岩のように硬い」と言われており、過去にはヴィリサウアー・リングリを食べて歯の詰め物が取れたとの被害報告まであったそうです。
したがって、製造者は当該お菓子を噛むのではなく、事前に適度なサイズに割ってから口の中でとろけさせるのがベストだと主張しています。
そうすると食べやすくなると同時に、レモンの味も最大限に引き出されるので、より美味しくなるとのことです。
特に後者は当該商品がスイス全国で絶大な人気を誇り、地元の全メーカーを併せて製造量が年間500トンを超える理由でもあります。
そのため、歯が折れそうになってもスイス人なら誰しもがヴィリサウアー・リングリを愛しており、食べないという発想は全くないのが現状です。

メレンゲもスイス発祥のご当地スイーツだった?!
本来であればこの辺で「以上になります」と言いたいところですが、スイスのご当地スイーツを語る上で絶対に忘れてはいけないものがもうひとつありますので、ご紹介させていただきます。
そのスイーツとはなんと皆様もよくご存知であろう「メレンゲ」(Meringue)です。
この名前を聞いて、「メレンゲってスイスのお菓子だったっけ?」と、疑問に感じる方も多いでしょう。
しかし、逆にメレンゲはそもそもどこが発祥のお菓子であるかと聞かれても、それにお答えできる人は殆どいないのでは?
という訳で、子供から大人までみんなが大好きな卵白と砂糖を泡立てて作る焼き菓子のメレンゲについて、私の方から詳しくご説明させていただきたいと思います。
「メレンゲ」という言葉は1691年に書かれたフランスの文献に初めて登場し、その名称と供にレシピもフランス王室からヨーロッパ各国の貴族へと広まったことから、フランスが発祥であるとの意見が主流です。
とはいえ、フランクフルトのドイツ調理・食卓文化博物館(Deutsches Museum für Kochkunst und Tafelkultur)が20世紀前半に行った調査によると、イタリア出身の菓子職人が1600年頃にベルン州(Kanton Bern)南東部に位置する町マイリンゲン(Meiringen)にて世界で初めてメレンゲを作ったとされます。
その際、当該スイーツは発案した場所に因んで「マイリング」(Meiring)と命名され、そのフランス語での読み方が「メレング」でした。
その後は既に述べたように、フランスを起点に世界中で知れ渡るようになったので、殆どの国と地域では原名ではなく、フランス語名に由来する呼び方が受け継がれたのです。
一方、専門家の間では17世紀初頭に砂糖をふんだんに使うメレンゲがスイスの田舎町で発明されたのは考えにくいとしています。
何故なら、当時の砂糖は海外の植民地から時間をかけてヨーロッパに運ばれてきた輸入品で、非常に高額で取引されていたため、裕福な貴族や商人ならともかく、スイスの小さな農村の住民が大量に購入できた代物ではないからです。
それでも、ベルン州を含むスイス西部では数百年前からメレンゲが中産階級を中心にポピュラーなお菓子だったという事実が確認されており、連邦農業省公認の「スイス割烹の遺産協会」もメレンゲをスイスの郷土料理として挙げています。
さらに、メレンゲには現在大きく分けて作り方がそれぞれ異なるフレンチメレンゲ、イタリアンメレンゲ、およびスイスメレンゲの3種類が存在し、スイスで確立された伝統的なメレンゲ製法まであるのです。
それが元祖のレシピであるかどうかは不明ですが、当該スイーツに関して長い歴史を持つスイスがメレンゲの生みの親である可能性は十分あると言えます。
少なくともマイリンゲン町は自らをメレンゲ発祥の地と主張しており、このお菓子をご当地名物として町のあらゆる場所で販売しているだけでなく、長さ2.4メートル、幅1.5メートル、そして高さ1メートルもある世界最大のメレンゲを作ったことでギネスブックにも掲載されているのです。

皆様にメレンゲのネタもお伝えしたところで、「スイスのご当地スイーツ:焼き菓子編」は以上になります。
大概の人は甘い物に目がないので、今回ご紹介した内容は一定数の読者にとってそれなりに興味を引くものだったのではないでしょうか?
また、そのうちのひとつやふたつ、または全部を実際に食べてみたいと感じていただけたのであれば、筆者としてこれ以上嬉しいことはございませんので、是非一度お試しあれと念を押してお勧めしたいところです。
可能であれば、現地を訪れて本場の味を体感していただきたいのですが、今ではネット通販を通じて世界中から商品をお手軽に取り寄せできる時代であるということもあって、そちらの方法を選択されるのもよろしいかと考えます。
ただし、ネットに掲載されている情報と同様に、ネット上で販売されている商品の全てが正規品とは限らないので、ネットで購入する際にはくれぐれもご注意ください。
迷った場合は筆者が販売元の確認やお勧め商品のご紹介をさせていただきますので、コメントなどでいつでも気軽にご相談ください。
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
今回の対訳用語集
| 日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
| 断食 | Fasten
(ファステン) |
Faschte
(ファシュテ) |
| ジンジャーブレッド | Lebkuchen
(レープクーヘン) |
Läbchuäche
(レプフエヘ) |
| シルクロード | Seidenstraße
(サイデンシュトラーセ) |
Sidestrass
(スィデシュトラース) |
| フィリング | Füllung
(フュルング) |
Füllig
(フュリク) |
| 組み立てる | zusammensetzen
(ツサンメンセッツェン) |
zämäsetze
(ツェメセッツェ) |
| 上側 | Oberseite
(オーバーサイテ) |
Obersiite
(オベルスィーテ) |
| 結晶化 | Kristallisierung
(クリスタリスィールング) |
Chrischtallisiärig
(フリシュタリスィエリク) |
| 製造量 | Produktionsmenge
(プロドゥクツィオーンスメンゲ) |
Produktionsmängi
(プロドゥクツィオーンスメンギ) |
| 泡立てる | zu Schaum schlagen
(ツ・シャウム・シュラーゲン) |
zu Schuum schlaa
(ツ・シューム・シュラー) |
| 農村 | Bauerndorf
(バウアーンドアーフ) |
Puuredorf
(プーレドルフ) |
参考ホームページ
スイス割烹の遺産:バーズラー・レッカーリ
Kulinarisches Erbe der Schweiz Patrimoine culinaire
スイス割烹の遺産:アッペンツェラー・ビバー
Kulinarisches Erbe der Schweiz Patrimoine culinaire
ベルリ・ビバーオフィシャルサイト
スイス割烹の遺産:ヴィリサウアー・リングリ
https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkt/Willisauer-Ringli/267
ヴィリサウ観光オフィシャルサイト:ヴィリサウアー・リングリ
https://www.willisau-tourismus.ch/de/geniessen/regionale-produkte/willisauer-ringli
スイス割烹の遺産:メレンゲ
https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkt/Meringues/108
ユングフラウ地方観光オフィシャルサイト:メレンゲの歴史

スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。

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