「オリンピックの首都」で知られる都市ローザンヌ

 

気温も徐々に下がってきて過ごしやすい季節になってきましたね。

日本ではこれから紅葉が順番に見ごろを迎えることもあって、各地で訪日観光客が増えるだけでなく、国内旅行者も殺到するシーズンが始まります。

スイスでの秋は一日の寒暖差が激しい場合がございますが、絶好の行楽日和が楽しめる日も少なくありません。

特に10月は平地で積雪が観測されることが基本的にまだない他、狩猟の解禁に伴い飲食店でジビエが提供されたり、ブドウの収穫を終えてワイン製造が開始されたりして、お出かけに最適な時期です。

そして、そのどちらも堪能できる有名な地域として西スイスのフランス語圏に属するヴォー州(Canton de VaudまたはKanton Waadt)があります。

中でも、同州の州都であるローザンヌ(Lausanne)は様々な意味で国際的にも知名度が高く、便利で広範囲に広がっている交通網もあるため、様々な観光やアクティビティの起点にするにはうってつけの場所です。

したがって、今回はそんなフランス語圏の中心地のひとつで、人口が4番目に多いスイスの都市でもあるローザンヌをご紹介させていただきます。

 

 

 ベルンに支配されていた臣民地域の首都

 

ローザンヌはスイス南西部にあるフランスと国境を接するレマン湖(Lac Léman)北岸の中央付近に位置し、大きく分けて湖畔沿いの平地とそこから延びる斜面の上にある高台、ならびにそれを囲むように広がる山間部から構成される自治体です。

水路としても重要な役割を果たしてきた湖に加え、山間部にはドイツ語圏に通じる峠もあることから、ローザンヌは古くから交通の要衝でした。

そのため、人間が生活していた最古の痕跡は紀元前7000年まで辿りますが、定住地として利用されたのは紀元前5000年頃からであると考えられます。

紀元前1世紀以降はローザンヌを含む周辺一帯がローマ帝国に統合され、今では市の南部を形成する湖畔地区に「ロウソンナ」(Lousonna)と呼ばれる小都市が築かれたのが、現在の地名の由来です。

ローマ帝国崩壊後は町の中心部が徐々に湖畔から高台へと移動し、6世紀末にアヴァンシュ(Avenches)の司教がローザンヌに移ったことで司教座が置かれました。

それ以降、ローザンヌは司教の歴史と密接な関係を持つようになり、その影響下で大きな発展を遂げることになります。

特に、9世紀からはブルグント王国がローザンヌを統治下に置き、司教に領土と様々な権限を付与したことで、司教は聖職者であると同時に広範囲の地域を治める領主の地位を得ました。

これにより、ローザンヌは政治、経済、ならびに宗教の中心となったのです。

とはいえ、司教による独裁政権は市民の不満を煽ることもしばしばあったため、13世紀に入ってからは市民の独立運動が度々起きます。

さらに、市民は司教への対抗措置として1525年にベルン(Bern)ならびにフリブール(Fribourg)と都市同盟を結びました。

そして、1536年にベルンはローザンヌを占領し、司教の追放に成功したものの、司教が所有していた領土を自身の管理下に置き、ローザンヌに代官所を設置したのです。

この出来事を機に、市民による市政が実現したのですが、地位的にはベルンが裁判権を含む実権を握る「臣民の地域」(Untertanengebiet)でした。

この体制は250年以上続き、ローザンヌが完全な自治権と自由を手に入れたのは1798年にフランスがスイスに姉妹共和国を設立してからのことだったのです。

その際、ローザンヌは新たに誕生した「レマン州」(Canton du LémanまたはKanton Léman)、ならびに1803年に名前を改めてアイトゲノッセンシャフトに加盟したヴォー州の州都となりました。

 

多くの重要文化財が集結している旧市街

 

ローザンヌで最も代表的な場所なのが、何と言っても高台の上に建つ旧市街になります。

その理由のひとつは、旧市街のほぼ全域で目の当たりにする急な坂です。

既に申し上げた通り、ローザンヌはレマン湖から周辺の山々に広がる数段の傾斜面に建っており、市内の最も低い場所から一番高い地点まで、なんと550メートル以上の標高差があります。

さらに、ローザンヌはスイスで唯一の地下鉄がある都市として知られていますが、その路線も375メートルの高低差を有することから、世界最大の急勾配を誇る地下鉄に認定されているほどです。

それ故、ローザンヌはスイスのサンフランシスコとも呼ばれています。

そして、ローザンヌのもうひとつの特徴とも言えるのが、夥しい数の建物が国の重要文化財に指定されていることです。

ローザンヌには1000年以上も司教座が置かれていた他、領主司教およびベルンの管理下で政治と経済の中心地を担っていたことから、歴史的にも文化的にも珍しい資料、美術品、ならびに建造物が多く残っています。

その大多数は中世前期以降に各時代の支配者の本拠と豪族の住居に加え、庁舎や市場があった高台の上に位置する旧市街に集結しているのです。

中でもその大きさでひと際目立ち、町の主であるかの如く丘の頂上に聳える「ノートルダム大聖堂」(Cathédrale Notre-Dame)は必見です。

当大聖堂は、12世紀後半から13世紀前半にかけて建てられた、スイス国内で最大級の教会建築であるだけでなく、ゴシック様式の建築物の中で最高傑作とも謳われています。

また、大聖堂の周辺には歴代司教が住居として使用した11世紀創建の「旧司教宮殿」(Ancien Evêché)や、15世紀初頭に造られ、250年以上ベルンの代官が居住地にしていた「サン・メール城」(Château Saint-Maire)に加え、外観ならびに内装が実に見事なイタリアのルネッサンス様式で仕立てられた「リュミーヌ宮殿」(Palais de Rumine)などが点在します。

したがって、ローザンヌの旧市街は単に中世感が色濃く残る由緒ある建物が多いだけでなく、内容的にも多様で、それぞれの規模と景観もまた他とは一味違う独特の味わいがあります。

 

ノートルダム大聖堂(写真: CC BY-SA 2.0

 

 世界各国の著名人御用達のホテルが連なる湖畔エリア

 

続いて、ローザンヌを訪れた際に見逃せないのが、創建当初に町の中心部だった湖畔エリアです。

湖畔エリアは現在複数の区域に分かれているものの、全体的に公園や遊歩道が多く、その一部にはアート作品が展示されていたり、遊泳が楽しめる浴場が設けられたりして、遊覧船が定期運航する船着場もあります。

建物が密集していて急な坂道や狭い路地が入り組んだ旧市街に比べれば、湖畔エリアは空間的にゆとりのある雰囲気が漂い、時間が流れるスピードも遅く感じるので、同じ都市とは思えないほどです。

よって、住民からは逆に緑に囲まれながらのんびりしたひと時を過ごせるオアシスとして愛されています。

特に、レストランのテラス席でコーヒーを楽しみながら、青い湖とその対岸に広がるフランスアルプスの絶景を眺めると、誰しもが心を打たれます。

そのため、大半の宿泊施設が湖畔エリアに集まっているのも不思議ではありません。

しかも、その大多数は元ローザンヌの港町として栄えたウシー地区(Ouchy)に位置し、中にはスイス国内で最高級レベルであると評価され、古くから世界各国の代表や貴族、および様々なジャンルの著名人をもてなしてきた実績を誇るホテルもあります。

例えば、1861年創業でアール・ヌーヴォー様式の宮殿みたいな佇まいの「ボー・リヴァージュ・パラス」(Beau-Rivage Palace)には戦後ローザンヌを亡命先に選んだ世界的ファッションデザイナーのココ・シャネル(Coco Chanel)が頻繁に出入りしたことで知られています。

他にも、ドイツが生んだ名作曲家・指揮者のリヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss)も当ホテルに感銘を受け、数カ月にわたる長期滞在をしたほどです。

また、その隣に建っており、スタイルが異なる5棟の豪邸から構成される「アングルテール&レジダンス」(Angleterre & Résidence)も、バイロン卿ことジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron)が滞在中に叙事詩「シヨンの囚人」を執筆した場所として有名です。

さらに、同じ通りに並び、1170年建造のお城を19世紀後半にネオゴシック様式のホテルに改装した「シャトー・ドゥシー」(Château d’Ouchy)に関しては、1923年に日本も出席した「ローザンヌ条約」の締結に繋がる会合を始め、複数の国際会議が行われました。

そして、少し駅の方に進むと過去にスペインやタイの王家が仮住まいにしていた「ロイヤル・サヴォイ」(Royal Savoy)があります。

特に前タイ国王プミポン・アドゥンヤデート(Bhumibol Adulyadej)はなんと6歳から大学を卒業するまでの計18年間このホテルに住んでいたので、彼にとっては実家同然の場所でした。

このように、ローザンヌは世界有数のリゾート地ではないにも拘わらず、各国の偉人が代々好んで滞在先に選んできた都市です。

 

高級ホテルが立ち並ぶ湖畔のウシー地区

 

 オリンピックの首都

 

今回のタイトルにも記載されていることから、気になっていた方もいるかと思いますが、ローザンヌは「オリンピックの首都」(Capitale Olympique)の称号を持つ都市でもあります。

これは通称や異名ではなく、夏季オリンピックと冬季オリンピックを主催・運営する国際オリンピック委員会(IOC)が30年前にローザンヌ市に対して正式に付与したステータスです。

IOCは1894年にフランスの首都パリで設立された機関であるものの、第一次世界大戦が勃発すると、創立者ならびに第2代会長であるピエール・ド・クーベルタン(Pierre de Coubertin)はIOCが戦禍を被ることを恐れて本部を1915年にローザンヌに移したのです。

また、それに便乗して多くの国際連盟や団体もローザンヌに本部を置くこととなり、今では国際バレーボール連盟(FIVB)世界水泳連盟(FINA)国際野球連盟(IBAF)など40以上のスポーツ連盟を始め、スポーツ仲裁裁判所(CAS)といった10以上のスポーツ関連団体がローザンヌに集結しています。

この実績に加え、第7代会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)がIOCの創立100周年を機に「オリンピック運動はその価値観を普遍的に具現化するための場所を必要としている」と主張したこともあって、同機関は1994年6月24日にローザンヌを「オリンピックの首都」にすることにしたのです。

そして、その一環としてオリンピックの理念を世界中の人々に伝えることを目的としている「オリンピック博物館」(Musée olympique)が、ウシー地区に開設されました。

館内にはギリシャ時代の古代オリンピックに関連する貴重な品々から、近代オリンピックの歴史を物語る膨大な数の収蔵品までもが展示されています。

さらに、本館の前には開設以来燃え続けている聖火とスポーツを題材にした計43のオブジェが設置されている、8000平方メートルの「オリンピック公園」(Parc Olympique)や、近くの広場に五輪大会開幕までの時間を表示しているカウントダウン時計などがあり、様々なところでローザンヌとオリンピックの深い関係が垣間見えます。

 

オリンピック博物館(写真:Guilhem Vellut、CC BY 2.0

 

ローザンヌに関するご紹介は如何でしたか?

いつものことなのですが、スイスの都市をご紹介する際にはいくつかの代表的な要素しか採り上げず、それ以外にも存在する多くの魅力に触れることがなかなかできません。

これは皆様に現地に足を運んでいただき、街中を散策しながらご自身でそれらを見つけたり、地元住民と交流したりして情報収集をしていただきたいという思いがあります。

ただし、ローザンヌの場合は市内のみならず、その周辺地域にも見逃せない内容の数々がございますので、ローザンヌを拠点に広範囲な観光を楽しむことをお勧めします。

特に、ローザンヌ市から湖畔に沿って東西に広がる「ラ・コート」(La Côte)「ラヴォー」(Lavaux)のワイン畑は上質の洋酒の産地として世界的に有名で、後者はユネスコ世界遺産にまで登録されているほどです。

そして、それらの地域で生産されるワインの殆どは国内消費向けで、滅多に国外に輸出されないという事実を考慮すると尚更訪問しない訳にはいきません。

したがって、皆様もローザンヌへ行かれることを予定しているのであれば、五感で楽しめる旅行をご期待ください。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
行楽日和 Ausflugswetter

(アウスフルークスヴェッター)

Uusflugswätter

(ウースフルークスヴェッテル)

追放 Verbannung

(フェアーバンヌング)

Verbannig

(フェルバンニク)

勾配 Gefälle

(ゲフェッレ)

Gfäll

(グフェル)

美術品 Kunstobjekt

(クンストオビエクト)

Kunschtobjekt

(クンシュトオビエクト)

宿泊 Übernachtung

(ユーバーナハトゥング)

Übernachtig

(ユベルナハティク)

港町 Hafenviertel

(ハーフェンフィアーテル)

Hafeviertel

(ハフェフィエルテル)

作曲家 Komponist

(コンポニスト)

Komponischt

(コンポニシュト)

実家 Elternhaus

(エルターンハウス)

Elterehuus

(エルテレフース)

主催する veranstalten

(フェアーアンシュタルテン)

veraaschtalte

(フェラーシュタルテ)

具現化する verkörpern

(フェアーケアーパーン)

verchörpere

(フェルヘルペレ)

 

参考ホームページ

ローザンヌ市オフィシャルサイト(フランス語のみ):https://www.lausanne.ch

ローザンヌ市観光オフィシャルサイト:ベッリンツォーナ:https://www.lausanne-tourisme.ch/de/

ヴォー・プロモーションオフィシャルサイト:https://www.vaud.ch/de/

スイス歴史辞典:ローザンヌ市:https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/002408/2009-04-02/

国際オリンピック委員会オフィシャルサイト:https://olympics.com/ioc

 

 

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