
スイスの国民的炭酸
目次
皆様は何年か前に「フランスの国民的炭酸」で話題になった「オランジーナ」(Orangina)をご存知でしょうか?
オランジーナとは1935年にスペインの薬剤師によって開発され、その後フランス人が販売権を購入して世界中に広めた炭酸入り清涼飲料のことで、フランスでは最も消費されているソフトドリンクのひとつとして有名です。
そして、2012年に日本でも販売が開始され、オランジーナは瞬く間に日本人の心を掴んで販売者の予想をはるかに超える大ヒット商品となったので、飲んだことがあるという方も少なくはないと思います。
そんな日本人の間でも人気なフランスの国民的炭酸ですが、実はスイスにもオランジーナに負けないぐらいの国民的炭酸と呼べる独自の飲み物が存在します。
スイスを訪れたことのある方ならこの事実を既に知っている可能性があるものの、現地に行ったことがなければ実物を目にする機会もないことから、大半の人にとっては初耳の筈です。
そこで、今回は読者の皆様にスイス国内の飲料事情についての知識を深めていただくために、スイスの国民的飲料をはじめ、スイスでしか味わえないおすすめ商品をご紹介させていただきます。
スイスの国民的飲料
スイスのドリンク事情を語る上で真っ先に挙げなくてはならない商品は間違いなく「リヴェッラ」(Rivella)です。
リヴェッラはチーズを製造する際に固形物と分離して作られる副産物である乳清をベースとした炭酸飲料のことで、1952年に発売されて以来、言語圏や地域を問わずスイス全国で好評の飲み物で知られています。
商品名はスイス南部に位置するティチーノ州(Canton TicinoまたはKanton Tessin)の自治体であるリヴァ・サン・ヴィターレ(Riva San Vitale)に由来し、それにイタリア語で「啓示」や「新たな出現」、「新星」などを意味する「リヴェラツィオーネ」(rivelazione)を掛けてできたものです。
既に申し上げたように、リヴェッラは乳清を主成分(35%)とし、それに乳酸、水、砂糖、果糖、ならびにハーブと果実エキスを配合して作られており、着色料や保存料は一切含まない自然由来の成分のみを使用しています。
乳清飲料と聞いてヤクルトのようなドリンクを想像する方もいるかもしれませんが、リヴェッラは見た目が黄色い透明色である他、味に関してもレモネードに近いので、「さっぱりしたジンジャーエールみたい」と表現する人も少なくありません。
また、ラベルが赤色であることから「リヴェッラ・レッド」と呼ばれる通常版以外にも、低カロリーバージョンとして登場し、現在はゼロカロリーの「リヴェッラ・ブルー」や、緑茶エキスを加えた「リヴェッラ・グリーン」、そして乳清および乳酸が入っていない完全ビーガンの「リヴェッラ・イエロー」などがあり、時代と共に変化しつつある消費者の好みに応じたラインナップが存在します。
とはいえ、他のどの飲み物にも似ていないリヴェッラの味は発売当初からスイス全国で愛され続けており、2007年に製造者が発表した統計によるとスイス人1人当たりの年間消費量は10リットルにも上るとの結果まで出ました1。
それ故、リヴェッラはスイス人から自国を代表する商品のひとつとして認められているだけでなく、マスコミでも頻繁に「スイスの国民的飲料」と称されているほどです。

スイスで一番愛されているサイダー
スイスの国民的飲料をご紹介した直後に、同じぐらいインパクトのある飲み物を挙げるのは少々難しいかもしれませんが、皆様は暑い季節になると無性に「三ツ矢サイダー」を飲みたくなることはありませんか?
1884年に「平野水」の名称で登場し、今や140年以上の歴史を持つ三ツ矢サイダーはあの夏目漱石も愛飲していたとされており、多くの日本人に愛されている夏の定番飲料です。
私自身も三ツ矢サイダーが大好きで、海外の商品を含め、過去に数多くのサイダーを飲んできた中で、清涼感と美味しさがここまで上手くマッチングしているものはなかなかないと感じた一方、三ツ矢サイダーと肩を並べられる(もしくはそれ以上)のサイダーがひとつだけありました。
そのサイダーとはスイスで誰もが知っていて、年代を問わずに大人気の「エルマー・ツィトロ」(Elmer Citro)です。
ツィトロとはスイスドイツ語でレモネードを指し、エルマーはグラールス州(Kanton Glarus)南部に位置するエルム(Elm)の地名に由来します。
このエルムという場所は1892年に鉄分を多く含む鉱泉の発見に伴いスパリゾートホテルが建設され、保養地として栄えたことで有名な、山々に囲まれた村です。
1925年にホテルのオーナーが鉱泉の炭酸水を「エルマー・ソーダ」(Elmer Sprudel)として宿泊者や入浴客に提供するようになり、さらにその2年後には炭酸水に果汁から作ったレモンシロップを加えて開発したのが「エルマー・ツィトロ」でした。
元々は現地を訪れる人しか味わえないご当地サイダー的存在でしたが、予想を遥かに上回る反響があったことから、ホテルのオーナーはエルマー・ツィトロを1929年に商標登録し、ボトリング工場を立ち上げて全国展開を開始したのです。
人口が僅か数百人しかない田舎の村で生まれたエルマー・ツィトロは瞬く間にスイス全国で広まり、特に第二次世界大戦中は国内でビタミンを含む唯一のソフトドリンクだったこともあって売上を伸ばしてきました。
そして、その後も人気は衰えることなく、誕生から100年近くが経過した現在も安定化剤や保存料を一切使わない、ミネラルウォーター、スイス産砂糖、炭酸、酸味料としてのクエン酸、ならびに天然のレモン風味だけで構成される当時のままの製法で販売されています。
さらに、それによって生み出される飲んだ瞬間に口の中で広がる爽快感とクセになるすっきりした味わいはいくつもの世代を魅了し、スイスで一番愛されているサイダーと呼ばれるまでに至ったのです。

「自然の力」を閉じ込めた超濃厚なりんごジュース
続いて皆様にご紹介したいスイスを代表する飲料は「ラムサイアー・スュエスモシュト」(Ramseier Süessmost)の名前で知れ渡っている炭酸入りのりんごジュースです。
りんごに関わらず、フルーツジュースは基本的にストレート果汁で飲んだ際に最も濃厚で、炭酸水などで割ると甘さが抑えられ、飲みやすさと清涼感が増す一方で、フルーツそのものの色・味・香りは大幅に減るというのが現状ですよね?
ところが、ラムサイアー・スュエスモシュトはそんな妥協を一切せずに果汁100%のりんごジュース本来の濃厚さを残しつつ、さっぱりした口当たりの炭酸飲料に仕上がっているのが最大の特徴です。
そのため、当該商品を初めて口にする人の殆どが清涼飲料でありながらもストレートジュースと変わらない美味しさを併せ持っていることに衝撃を受けます。
この類を見ない味わいは当然ながら化学調味料や香料に頼ることなく、本物のりんごを原材料にしてのみ得られる朴訥な味と香りをそのまま閉じ込めていることに他なりません。
しかも、ラムサイアー・スュエスモシュトにはなんと1リットル当たり約1.3キロのりんごを使用しているのです。
数値だけを聞いてピンと来ない方も多いと思いますが、これは日本のスーパーなどで販売されている超濃厚なりんごジュースでお馴染みの青森県農村工業農業協同組合連合会(JAアオレン)の「希望の雫」で使われているりんごの量に相当します。
ソフトドリンクでありながらもストレート果汁と同じ飲み心地になっているのは、製造者である「ラムサイアー・スイス」(Ramseier Suisse AG)の拘りによるものです。
というのも、同社は元々高品質で健康的な果汁飲料を提供することをモットーにベルン州(Kanton Bern)のエメンタール地方(Emmental)で果実酒共同組合として設立された企業で、地元農家が栽培する果物を搾って造る様々な飲み物を販売していました。
中でも、タンニン酸を多く含むりんごの品種に少量の梨を配合して発売されたスュエスモシュトは1914年の国内博覧会をはじめ、数々の物産展で表彰されたこともあり、スイス人の間で「りんごジュースといえばラムサイアー」という共通認識が生まれるほど爆発的な人気を得たのです。そして、創立から115年以上経った現在もラムサイアーは「自然の力」(Die Kraft der Natur)を企業スローガンに掲げて、自然の恵みだけを閉じ込めた添加物不使用のスュエスモシュトをスイス全国に届け続けています。

原材料からスイスらしさが溢れるソフトドリンク
残念ながらラストになってしまいますが、最後にスイスが誇る飲料の中でとっておきの商品をもう1点だけご紹介いたします。
その商品とはスーパーなどで全国的に販売されているものの、特にスイス東部を中心に強い支持を集めている清涼飲料「フラウダー」(Flauder)です。フラウダーはスイス北東部に位置するアッペンツェル・インナーローデン準州(Kanton Appenzell Innerrhoden)の方言で蝶々を意味する「フリックフラウダー」(Flickflauder)の略で、同州に本社を置く製造者が地域色を出すと同時に春を連想させたかったことから、このネーミングにしました。
何故春なのかと言うと、ボトルを開けた瞬間にまるで満開になっているスイスの草原にいるかのような香りが広がり、飲んだ後もどこか暖かくて晴れた春の日を思い出す懐かしさが湧いてくるからです。
そのような気持ちを抱かせるドリンクがそもそも存在するのかと疑問に思う反面、実際にどんな商品なのか気になる方も多いのではないでしょうか?
簡単に言えばフレーバー付き炭酸水に分類されますが、レモンスカッシュみたいにその気になれば誰でも作れるものとは少し訳が違います。
というのも、フラウダーは数百年前から名水として名高い鉱泉で採れるスイス有数の炭酸入りミネラルウォーターにエルダーフラワー(セイヨウニワトコの花)、レモンバームの香り、ならびに様々なアルプスハーブのエキスを混ぜた飲料なので、地元ならではの原材料を使用しているだけでなく、それらの成分の抽出と配合も決して容易ではありません。
したがって、製造者自身も本商品を開発した際に相当な試行錯誤を重ねて、納得のいく味が完成したのは殆ど偶然だったと明かしているほどです。
また、当初は消費者に受け入れられないことも恐れたことから、商品化は一旦先送りして、通常のミネラルウォーターの注文時にフラウダーのサンプルを無料で配布していました。
しかし、この戦略によってフラウダーは逆に短時間で知れ渡るようになり、単独での販売を求める声が多く寄せられる結果となったのです。
そんな期待に応えて、2002年にフラウダーの全国展開が始まり、スイスの自然そのものを詰め込んだかのような香りと味に加え、甘さを控えめにした飲みやすさが大きな反響を呼んでいます。

スイスの飲み物に関するご紹介は如何でしたか?
振り返れば、今回採り上げた商品はどれも炭酸入りの清涼飲料だったので、皆様の中にそれらに対して少し抵抗がある方もいるかもしれません。
しかし、スイスは山国としてミネラルウォーターの宝庫であることから、炭酸水は一種の国産資源で、それを活かした商品が豊富なのもある意味当然です。
また、水だけでなく、スイスの飲み物に含まれている全てもしくは殆どの原材料が自然由来で、保存料・着色料・化学調味料などの添加物の使用は極力控えられていることも分かっていただけたと思います。
今では原料調達から製造工程までメーカーの意識や取り組みにも世間が厳しい目を向けていますが、スイスに関して言えばそれは昨今の流行というよりも、以前から各社の企業理念の一部として存在していました。
したがって、安全で安心な商品を重視する日本人から見て少なくとも今回採り上げた飲料は非常に魅力的な筈です。
さらに、それらが美味しいともなれば消費者としてこれ以上求めるもの何もありません。
美味しいと感じるかどうかは所詮各人の好みによるため、皆様のお口にも合うかの最終的な判断は各自に委ねますが、今回ご紹介したドリンクはどれも念を押してお勧めできるので、是非一度試していただければ幸いです。
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
1出典:スイス割烹の遺産:リヴェッラ
https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkt/Rivella/399
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
販売権 | Verkaufsrecht
(フェアーカウフスレヒト) |
Verchaufsrächt
(フェルハウフスレフト) |
炭酸 | Kohlensäure
(コーレンソイレ) |
Cholesüüri
(ホレスューリ) |
緑茶 | Grüntee
(グリューンテー) |
Grüentee
(グリュエンテー) |
マッチングする | passen
(パッセン) |
passe
(パッセ) |
レモネード | Limonade
(リモナーデ) |
Citro
(ツィトロ) |
酸味料 | Säuerungsmittel
(ソイエルングスミッテル) |
Süürigsmittel
(スューリクスミッテル) |
クエン酸 | Zitronensäure
(ツィトローネンソイレ) |
Zitronesüüri
(ツィトローネスューリ) |
甘さ | Süße
(スューッセ) |
Süessi
(スュエッスィ) |
色 | Farbe
(ファーベ) |
Farb
(ファルプ) |
化学調味料 | Geschmacksverstärker
(ゲシュマックスフェアーシュテアーカー) |
Gschmacksverschtärcher
(クシュマックスフェルシュテルヘル) |
参考ホームページ
リヴェッラオフィシャルサイト:https://rivella.ch/de/
エルマー・ツィトロオフィシャルサイト:https://www.elmercitro.ch
ラムサイアーオフィシャルサイト:https://www.ramseier.ch
GOBA株式会社オフィシャルサイト:フラウダー:https://goba-welt.ch/produkte/flauder/flauder-original

スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
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