「ナマハゲ」はスイスにもいる!?

 

まだ寒い日々が続いておりますが、冬もようやく終盤を迎えており、春が訪れるまでの期間もあと僅かですので、体調を崩さないように乗り切りたいところですね。

2月と言えば、本ブログでも以前にご紹介させていただいた、寒く暗い冬を追い出して春を呼び込む行事で知られるカーニバルが各地で開催される時期として有名です。

*カーニバルについての記事はこちらカーニバル – トランスユーロアカデミー

カーニバルによっては外国から参加者や観客が足を運ぶほど人気を集めるものもあり、地域や国境を越えた一大イベントになっているケースも珍しくない一方、外部からはあまり注目されず、地域住民だけで祝って終わる場合もあります。

そして、スイスの南西部に位置するとある地方では、正に後者に該当し、長きにわたってその存在すら殆ど知られずにいたものの、他では見られないその異様な光景と実態が少し前に話題を呼んだカーニバルが行われているのです。

特に、カーニバル文化が浸透していない日本の皆様からすればその内容はかなり衝撃的で、「スイスにもナマハゲがいるの?」と思ってしまう人がいても不思議ではありません。

したがって、今回は世界各国で開催されるカーニバルの中で一味違う特色を持ち、スイス国内でも独特な「チェッゲッテ」(Tschäggättä)をご紹介させていただきます。

 

写真:Valais/Wallis Promotion

 

スイスの秘境と呼ばれるに相応しいレッチェン谷地方

 

その独自性からスイスのみならず、世界的にも類を見ない「チェッゲッテ」として知られるカーニバルは、スイス南西部にあるヴァレー州(Canton du ValaisまたはKanton Wallis)の北東に位置する人口約1500人のレッチェン谷(Lötschental)で見受けられる冬の風物詩です。

ヴァレー州は、ローヌ川(Rhone)が流れるローヌ谷と、そこから枝分かれしている数々の支谷から構成されており、レッチェン谷はその北側にある最大の支谷に当たります。

北東に向かって「へ」の字型に伸びている全長約27キロメートルのレッチェン谷は、標高3000メートルを超える山々に囲まれていることから、山頂と谷底の高低差が2000メートル以上あり、急な斜面を多く有する渓谷です。

また、谷奥にはアレッチ氷河(Aletschgletscher)に繋がるラング氷河(Langgletscher)とアヌン氷河(Anungletscher)に加え、「スイスアルプス ユングフラウ・アレッチ」(Schweizer Alpen Jungfrau-Aletsch)の一部にして世界自然遺産に登録されている名峰ビエッチホルン(Bietschhorn)および多数の小氷河があるため、フェルデン(Ferden)キッペル(Kippel)ヴィーラー(Wiler)、ならびにブラッテン(Blatten)から成るレッチェン谷の4つの自治体もその保護対象区域に含まれています。

レッチェン谷は青銅器時代から定住地としての利用が確認されているものの、急峻な山岳地帯に囲まれた地形に起因して発生する土砂崩れや雪崩によって孤立することが頻繁にあったので、20世紀に入るまでは外部との交流が殆どない自給自足の地域でした。

1913年に開通したベルン州(Kanton Bern)南部とレッチェン谷を結ぶ「レッチュベルクトンネル」(Lötschbergtunnel)に続き、1955年から段階的に整備された谷奥までの車道をきっかけにアクセス性が向上し、他州をはじめ、外国からの観光客も徐々に増加するようになりましたが、1993年、1996年、そして1999年にそれぞれ発生した雪崩で交通路が遮断され、現代においてもレッチェン谷が度々孤立状態に陥ることが決して珍しくないことを示しています。

そのため、レッチェン谷は外部との接触が希薄であったが故に独自の文化や伝統が色濃く残っている秘境で、毎年この時期に開催されるチェッゲッテもそのひとつです。

 

レッチェン谷

 

人を驚かし、子供の顔を雪まみれにする不気味な存在

 

カーニバルと言えば一般的にイースターまでの40日間にわたる断食期間である「四旬節」に先立って開催され、レッチェン谷特有の「チェッゲッテ」もその点に関しては例外でありませんが、1日または数日間行われるカーニバルとは違って、キリスト生誕の40日後に祝う「マリアの聖燭祭」(Mariä Lichtmess)の翌日、即ち2月3日から四旬節の開始日に当たる「灰の水曜日」(Aschermittwoch)の前日までの凡そ2週間にわたって開催されるのが大きな特徴です。

この期間中、レッチェン谷の4つの村では、日曜日を除いて毎日正午から夜中まで、全身をヒツジやヤギの毛皮で覆って腰に大きなカウベルを巻きつけた、木彫りの不気味で恐ろしい形相をした仮面を被って長い杖を持つ人たちがうろつきます。

この人たちこそがこの伝統行事の名前の由来にもなった「チェッゲッテ」または地元の方言で「チェッゲットゥ」(Tschäggättu)と呼ばれる存在で、普段は家々を訪ね歩いたり路地を走り回ったりして、視界に入る人々を驚かす一方、若い女性や子供たちを捕まえてその顔を雪まみれにするのもよく見かける行動です。

また、「脂の木曜日」(Schmotziger Donnerstag/schmotzig *アレマン方言=fettig)と称される開催期間後半の木曜日の晩には全てのチェッゲッテが集合し、ブラッテン村からヴィーラー村とキッペル村を経由してフェルデン村まで行進する「チェッゲットゥ・ロイフ」(Tschäggättu-Loif)が行われる他、その2日後の土曜日にはヴィーラー村で、マーチングバンドと共にチェッゲッテのパレードと、最も美しい仮装を表彰するスペシャルイベントも実施されます。

チェッゲッテは元々未婚の男性のみが務め、居住地とは別の村で未婚女性を捕まえて顔を煤で真っ黒に塗るという少し変わった方法で求愛するための行事でした。

さらに、夜通し鳴りやまないカウベルの騒音を規制する目的で、仮装してうろつくことのできる時間帯も以前までは正午から19時までと制限されていましたが、時代と共に変化した生活様式と人口の減少に加え、観光資源としての利用価値によってその在り方は少しずつ形を変えることになったのです。

したがって、現在は既婚の男性のみならず女性や子供もチェッゲッテになることができる、地元住民が全員参加するお祭りで、活動時間に関する制約もありません。

 

チェッゲッテ(写真:David Yela、CC BY-SA 4.0

 

チェッゲッテの始まりは盗賊?それとも一揆?

 

広範囲に見ても類似する民俗行事が確認されていないことから、チェッゲッテはレッチェン谷にしかない伝統文化として位置付けられており、既に申し上げたように、当該地域が長きにわたって外部との交流がなかったことにより、独自の風習が生まれて発展したと言えます。

そして、こうした風習は記録されることなく、口承や実践でのみ代々受け継がれてきたため、その起源や誕生時期については不明な点が多いのですが、数百年の歴史があると考えられます。

チェッゲッテが単純に他のカーニバルと同様に、暗くて寒い冬に現れて人間を襲うと信じられていた悪霊を怖い容姿と騒音で追い払うために仮装祭を行ったという古来の邪教の名残である可能性を否定できない一方、「シュルト族」(Schurten)がその始まりであるとの説もあります。

シュルト族とは、11世紀に当該地域を征服したアレマン人によって、陽光が殆ど当たらず沃地が少ない谷の日陰側に追いやられたとされるレッチェン谷の先住民族です。

彼らはその後、作物が殆ど獲れないヴィーラー村南部の中腹に位置する「オブリ森」(Obri Wald)を新たな住まいにしていたので、夜な夜な谷底の村々に降りていき、村民から食料を奪う盗賊になったと伝えられています。

また、シュルト族は身長が低い民族だったらしく、盗賊としては比較的不向きな体型と見た目をしていたため、村を襲う際は全身を動物の毛皮で覆って仮面を被り、「怪物」を装って相手を威嚇したと言われているのです。

それ以外にも、1549年にヴァレー州とフランスの間で更新された傭兵契約によって塩の輸入費が高騰し、除隊後の傭兵に年金が支給されなかったことに対する不満が爆発して1550年1月6日に起きた、「カウベル紛争」(Trinkelstierkrieg/Trinkeln=Kuhglocken)と称される一揆を起源とする言い伝えが存在します。

当時の記録によると、当該一揆に参加した者は身元が特定されないようにチェッゲッテのような変装をしていたそうです。

そのため、現地ではこの出来事が「レッチェン谷仮面紛争」(Krieg in Lötschentaler Masken)と呼ばれることも少なくありません。

 

本来の目的を見失ったビジネス化と原点回帰

 

結局のところ、チェッゲッテの発祥については分からないままですが、19世紀後半にイギリスのアルピニストがレッチェン谷を訪れたことを機に、画家や観光客、さらには民族学者までもが当該地域特有の伝統に着目し始めたことで、1900年頃からの歩みは概ね掴めています。

特にチェッゲッテが被る木彫りの仮面に関しては、20世紀前半に芸術品としての価値が見出され、話題性を呼んだこともあり、1939年にチューリッヒ(Zürich)で開催された国内博覧会を始め、同年のニューヨーク万国博覧会でも紹介されて以来、ヴァレー州ないしスイスを代表する民芸品となりました。

その後、レッチェン谷で作られる仮面の需要が増加し、実際のチェッゲッテでは使用されない、いわゆるご当地土産の仮面の量産が始まり、戦後はレッチェン谷を経済的に支える一大産業と化したのです。

しかし、1970年代以降はその人気が急激に落ち、面を彫る職人も激減しましたが、これはむしろ多くの人々にとってチェッゲッテの本来の意味を再認識し、何を目指すのかを見直す転機でもありました。

というのも、今では面を彫る職人が僅か30人余りに留まっているものの、その殆どが仮面をチェッゲッテにおける利用を前提に製作しており、売上ではなく、作品の独自性に重点を置いている傾向が見受けられるからです。

同時に、レッチェン谷で生まれ育ち、進学や就職のために親元を離れた若者の間でも、チェッゲッテは故郷の一員である帰属意識と絆を育んでいると感じ、地元の伝統文化をそういった思いや価値観と共に次世代に継承していくため、毎年開催期間が近づくと担い手として里帰りする人が増えているのが現状です。

こうした背景を踏まえ、外部から持て囃(はや)されてチェッゲッテが意図しない方向に進むビジネス化が行われた時代もありましたが、結果的に本来の意味や目的を見失ったからこそ初心に戻って原点回帰の意識が芽生えたので、今後この伝統行事がどこへ向かってどのように発展するのかが期待されます。

 

レッチェン谷博物館(Lötschentaler Museum)に展示されているチェッゲッテの仮面(写真:Ungatoverde、CC BY-SA 3.0

 

以上がスイス・レッチェン谷地方に伝わるカーニバルのチェッゲッテに関するご紹介です。

詳細を知れば冒頭で申し上げた「ナマハゲ」とはかけ離れた存在であることが分かりますが、予備知識もないまま本記事を読み始めて、写真を見た際にはナマハゲを連想した人もいるのではないでしょうか?

地理的にも歴史的にもそれぞれ全く異なる文化圏で生まれたチェッゲッテとナマハゲの間には当然ながら関連性がある筈がなく、それらを結び付けること自体が間違っていると考えるのが自然である一方、私自身はそれらが第一印象以外にも多くの共通点を持っているように感じます。

例えば、どちらも人里離れた環境下にあるが故に誕生した、(偶然にも積雪量が多い雪国に位置する)特定の地域に限定された、冬に開催される民俗行事です。

また、面を被って不気味で怖い様相の全身仮装をして、家々を訪ね歩いていく他、子供を標的にした恐怖体験による教育的な機能が盛り込まれているのが本質的な要素であることから、主人公の見た目や行動だけでなく、ターゲット層に関しても両者の間に類似性が見受けられます。

さらに言えば、元々は未婚の男性のみが担い手になるという習わしがありましたが、時代と共に変化した生活様式と人口減少によって従来の在り方が変わり、当該行事の本来の意味から逸脱した観光化・ビジネス化が進んだ点においても似ているのです。

そして、レッチェン谷のチェッゲッテと秋田県男鹿半島のナマハゲはどちらも地域を象徴するシンボルとなっており、国を代表する文化遺産として位置付けられています。

そのため、チェッゲッテを「スイス版ナマハゲ」と理解するのもさほど間違ってはおらず、もし皆様の中にナマハゲに関心がある人がいるようでしたら、チェッゲッテにも必ず魅力を感じていただけると思いますので、是非一度現地を訪れてそれを間近で体験することをご検討されてみては如何でしょう?

特に、今年はレッチェン谷の住民が厳しい状況に置かれているにも拘わらずチェッゲッテの開催を決定したこともあって、より多くの参加者が望まれています。

というのも、レッチェン谷では昨年の2025年5月28日に氷河崩壊による大規模な土石流が発生し、ブラッテン村の約9割が埋没してしまう甚大な被害にあったからなのです(詳しくはこちら:https://jp.reuters.com/video/watch/idOWjpvC8OS8GBIHFL1U9AXX8JZI3868E/)。

幸いにも、このような現象が起きる危険性は事前に予知されていて、避難指示に従わなかった1名を除いて全ての住民が予め避難していたため、人的被害は最小限に抑えられましたが、村民にとっては住まいもろとも故郷が一瞬にして消し去られたというダメージに加え、現在も復興の目途が立っていないことで途方に暮れています。

したがって、皆様には復興支援の意味合いも兼ねてチェッゲッテを体験し、レッチェン谷が以前の活気を取り戻すことにご協力いただければ幸いです。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
段階的 stufenweise

(シュトゥーフェンヴァイゼ)

schtuufewiis

(シュトゥーフェヴィース)

ヤギ Ziege

(ツィーゲ)

Geiss

(ガイッス)

カウベル Kuhglocke

(クーグロッケ)

Triichle

(トリーフレ)

求愛 Liebeswerben

(リーベスヴェアーベン)

Liäbeswärbe

(リエベスヴェルベ)

既婚 verheiratet

(フェアーハイラーテト)

verhüüratet

(フェルヒューラテト)

悪霊 böse Geister

(ベーゼ・ガイスター)

bösi Geischter

(ベースィ・ガイシュテル)

陽光 Sonnenstrahlen

(ソンネンシュトラーレン)

Sunneschtraale

(スンネシュトラーレ)

日陰側 Schattenseite

(シャッテンサイテ)

Schattesiite

(シャッテスィーテ)

怪物 Ungeheuer

(ウンゲホイアー)

Unghüür

(ウンクヒュール)

威嚇する einschüchtern

(アインシュヒュターン)

iischüchtere

(イーシュフュテレ)

 


参考ホームページ

レッチェンタール観光:チェッゲッテ:Tschäggättä Lötschental | Lötschental Tourismus

スイス連邦文化庁:生きた伝統:チェッゲッテ:Tschäggättä

スイスファイネスト:チェッゲッテ~レッチェンタールのカーニバル~:https://www.swiss-finest.de/magazin/tschaeggaettae-fasnacht-im-loetschental

ベルン-レッチュベルク-シンプロン鉄道:レッチェンタールのチェッゲッテ:https://www.bls.ch/de/freizeit-und-ferien/ausfluege/loetschental-tschaeggaettae

 

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