ドイツの鯉文化

錦鯉は日本の国魚にもなっており、輸出も盛んで世界的な人気を誇っています。古くから美術作品のモチーフにもなっており、日本書紀にも言及があるほど、古い文化の象徴です。しかし意外かもしれませんが、東欧、中欧でも鯉の養殖は古い伝統となっています。『ドイツ鯉』という独自の品種もあり、ドイツ・バイエルン地方では、無形世界文化遺産にも登録されています。ドイツに限らず、中欧、東欧諸国でもクリスマスや大晦日に鯉を食べる風習が残っています。

 

1000年以上続く養殖の伝統

 

鯉の原産は、中国と黒海・カスピ海沿岸の中央アジアとされています。日本では、中国からの伝来が長らくの定説でしたが、縄文時代の貝塚からその骨が発見されたことから、元々自然生息していたとの説もあります。

一方、ヨーロッパに移入されたのは、紀元前3世紀頃に黒海・カスピ海沿岸からキプロス・ギリシアを経由して伝わったと云われています。古代ローマ帝国において、既に養殖が始まり、その後中世に入って、東欧、中欧でも広まったとされています。

中世時代の15~16世紀に広まった大きな理由には、キリスト教の行事である謝肉祭直後からイースターまでの約150日間に亘って、食肉を禁じられている四旬節の断食期間の食事として重宝されていたためと云われており、修道院内の広大な池で養殖されていました。世界遺産のひとつであるマウルブロン修道院には12もの池の跡地が残っているそうです。

 

 

ドイツ鯉、Koi  

 

さて、ドイツ国内で鯉の養殖が盛んな地域は、世界遺産にもなっているバイエルン州のミッテルフランケン地方のアイシュ川近辺やエアランゲン、バイエルン東部のオーバープファルツ地方など、バイエルン州では、国内で養殖されている6000トンの内、半分以上を占めています。そして、ポーランドとの国境沿いにあるザクセン州のオーバーラウズィッツ、そして北ドイツはホルシュタイン州のラインフェルトなども有名です。

 

鯉の品種にも独自の種があり、食用に品種改良を経て生まれたドイツ鯉(鏡鯉・革鯉の二種)は、成長が早く、背筋と両腹部に一列にある鱗以外には鱗がなく、その見た目は日本の鯉種とは大きく異なっています。日本には1904年に初めて輸入され、在来種である錦鯉との交配がされたことで「浅黄」や「秋翠」といった品種が生まれ、他にも多くのドイツ種から交配された錦鯉が生まれました。

一方、日本の錦鯉は、海外でも「Koi」(ドイツ語ではDer Koi)と日本語が直訳されており、国際的な人気があります。産業としての衰退は見られるものの、今日でも世界中に輸出されており、輸出国第一位はオランダ、二位が香港、第三位にドイツという順位は、この15年以上変動はありません。

 

鯉の養殖は、飼育を始め、漁獲、池の管理といった知識と技術が要されます。ドイツの鯉文化は、隠れた伝統文化のひとつでもあります。

 


参考HP

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