“奇跡”が必要なオーストリアのサッカー

ヨーロッパのサッカー大国といえば、真っ先に思い浮かべるのはドイツ、イタリア、スぺインでしょうか?有名なサッカーネーションとして、オーストリアを挙げる人は滅多にいないと思います。でもでも、オーストリアは間違いなくサッカーの国なんです!冬はスキー、夏はサッカーです。日本の子供たちが公園でキャッチボールをするように、オーストリアではサッカーをします。オーストリアはEM (Europameisterschaft = UEFA欧州選手権)やWM (Weltmeisterschaft = FIFAワールドカップ)などの大きな選手権の本大会にはなかなか進めません。しかし、最近では、1年延期されて2021年に開催されたUEFA欧州選手権の2020年大会で、オーストリアのナショナルチームが初めてグループステージを突破しノックアウトステージまで進出しました。

今回は100年以上もの歴史があるのに、なぜかいつも奇跡が必要になるオーストリアのサッカー事情についてお話ししたいと思います。まずはオーストリアサッカー史上、おそらく一番有名な試合からご紹介しましょう。

 

 

 

 

コルドバの奇跡

 

コルドバはブエノスアイレスに次ぐアルゼンチン第2の都市です。そして1978年の FIFAワールドカップの開催地でもありました。オーストリアはこのとき20年振りのワールドカップ出場を果たしました。「えっ1978年?40年以上も前の話じゃないか!」と思われるかもしれませんが、このアルゼンチン大会は、オーストリア国民なら誰でも知っているほど、今なお忘れられない大会なのです。
この大会は「奇跡」としてオーストリア人の記憶に鮮明に刻み込まれています。でも、オーストリアがこの大会で世界一の栄冠を勝ち取った訳ではなく(優勝はアルゼンチン)、準優勝や3位、4位ですらありませんでした。ではなぜこの大会はオーストリアで「奇跡」と呼ばれているのでしょうか?

 

ワールドカップは1次リーグと2次リーグがあります。各国のナショナルチームはグループに分かれて試合を行い、1次リーグの上位2チームが2次リーグに進めます。アルゼンチン大会でオーストリアは1次リーグで強豪のブラジル、スペイン、スウェーデンと同グループになるも首位で突破しました。
スペインには2-1、スウェーデンには1-0で勝利しました。しかし2次リーグに入ると、運が尽きたのか、初戦のオランダ戦に1-5で敗れ、次のイタリア戦も0-1で惜敗し、この時点でオーストリアの決勝進出の可能性は消えてしまいました。敗退が決まっていたオーストリアの最後の試合の相手は、宿敵・西ドイツでした。オーストリアにとってはいわば消化試合でしたし、西ドイツにとっては決勝進出をかけた大切な試合でしたので、オーストリアに勝つチャンスがあると思った人は1人もいなかったでしょう。ドイツサッカー連盟の会長は5-0でドイツの勝ちと予想したそうです。しかし蓋を開けてみると、なんと大方の予想に反してオーストリアは善戦し、試合終了3分前にオーストリアサッカー界のヒーロー・Hans Krankl(ハンス・クランクル)が3つ目のゴールを決め、3-2でオーストリアが逆転勝利したのです!
有名になったのはゴールだけではありません。この試合の実況を担当したEdi Finger(エーディ・フィンガー)の熱狂的なリアクションも多くのオーストリア国民の胸を打ちました。Edi Fingerの実況は母国の勝利が近づくにつれ徐々に興奮度を増し、いつの間にか口調は標準ドイツ語からオーストリア方言に変わり、遂に逆転ゴールが生まれると:

「Tor, Tor, Tor, Tor, Tor, Tooor!  I wear narrisch!」

(ゴール、ゴール、ゴール、ゴール、ゴール、ゴール!私は気が狂いそうです!)と叫びました。

Edi Fingerがオーストリア方言で叫んだ「I wear narrisch」(イ・ウェア・ナリシュ)は標準ドイツ語で云うと「Ich werde verrückt」、つまり「I’m going crazy」という意味です。オーストリアが前回優勝国の西ドイツを打ち負かすなど、一体誰が予想したでしょうか?この試合は、開催地の町の名前にちなんで、ドイツでは「Die Schande von Córdoba」(コルドバの屈辱)として、オーストリアでは「Das Wunder von Córdoba 」(コルドバの奇跡)として記憶されています。

 

なぜオーストリアは強くないのか?

 

オーストリアではどこに行ってもサッカーは大人気なのに、なぜナショナルチームは大きな勝ち星をあげられないのでしょうか?小国ゆえに優秀な選手がいないのでしょうか?オーストリアのナショナルチームには、FCバイエルン・ミュンヘンやFCケルンのような国外の強豪チームで活躍している選手もいます。ナショナルチームのキャプテンのダヴィド・アラバは2021年からあの世界有数の強豪チーム「レアル・マドリード」で活躍しています。なので、決して優秀な選手がいないわけではありません。
この疑問に対する答えを探すヒントになる本があります。2013年に出版された、Karl Irndorferという元サッカー選手が書いた『Strukturreform des österreichischen Fußballs』(オーストリアサッカー界の構造改革)という本です。デンマークやスイスなどのヨーロッパの他の小国を見れば、問題は国の大きさやリソースが足りないことでないことは明らかです。大事なのは、マネージメント力です。勝ちだけを目的にして一番良いコーチや優秀な選手を集めていますが、結果からわかるように良い選手を集めただけでは勝利につながりません。オーストリアのサッカークラブの構造は旧態依然として柔軟性に欠け、決定は相変わらず上意下達で行われます。そして体質上の問題もあり、FIFAのように賄賂や裏金の問題も深刻です。スキーと同様にクラブや協会の力が強過ぎて組織の改革や変化が遅々として進みません。むしろオーストリアのサッカーは「コルドバの奇跡」のような大昔の良き思い出にしがみついているようにも思えます。でも時代の移り変わりと共に、オーストリアのサッカーも変わらないといけません。変わることができれば、「奇跡による勝利」という呪縛から抜け出し、実力によってワールドカップのような大きな大会でも勝ち進んでいくことができるでしょう!

 

 


 

参考文献

 

Irndorfer, Karl. (2013),  Strukturreform des österreichischen Fußballs: Der Ball ist rund, das Geld ist schwarz. Hamburg: Diplomica Verlag.

 

Urbanek, Gerhard. (2009), Österreichs Deutschland-Komplex: Paradoxien in der österreichisch-deutschen Fußballmythologie. (Dissertation Universität Wien)

 

1978年コルドバの試合、Edi Finger(エーディ・フィンガー)の有名になったコメント

https://www.youtube.com/watch?v=W5i1Sh1G8Lo

 

 

 

Comments

(0 Comments)

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA