なぜオーストリア語って言わないの?

イタリアはイタリア語、日本は日本語、フランスはフランス語、オーストリアは…オーストリア語?と言いたいところですが、端的に言えば「オーストリア語」とは言いません。オーストリアの公用語はドイツ語です。でも実はこれは簡単に答えられる問いではありません。オーストリアだけで話されるドイツ語もありますので、確かにオーストリア語があるとも言える…かもしれません。そこで今回は『オーストリア語』は存在するのか否か?という問いにお答えしてみたいと思います。

 

 

なぜオーストリアではドイツ語を話すのか?

 

なかなか難しい質問ですね。なぜその土地ではその言葉が話されているのでしょうか?言葉にはたまたま発生して進化する性質もあるでしょうか。日本語の勉強を始めた頃、日本語の起源はいまだ謎だと聞きました。とても興味深いなと思いました。ドイツ語の起源はそこまで謎ではありません。 皆さんはよく知っていると思いますが、ヨーロッパには言語の多様性があります。そして各言語はそれぞれの語族に所属しています。例えばイタリア語とフランス語はロマンス諸語、チェコ語とスロバキア語はスラヴ語派、英語とドイツ語はゲルマン語派ですね。オーストリアはドイツやオランダ、またフィンランド以外のスカンディナヴィア諸国等と同じくゲルマン語派です。ゲルマン語派の言葉がそれぞれ進化したように、ドイツ語も地域により独自の特徴が生まれていきました。オーストリアで話されるドイツ語も、このように進化したドイツ語の言語変種です。

 

では、Österreichischとは何?

 

基本的にオーストリアで話されている言葉は3つのグループに分かれます。まずは2つの方言のグループ、アレマン語の方言とバイエルン・オーストリア語の方言があります。オーストリアの一番西にあるフォアアールベルク州とチロル州の方言はスイスでも使われているアレマン語の方言に近いです。他のオーストリアの方言はバイエルン・オーストリア語、つまり南ドイツのバイエルン州と同じ方言の語族です。西オーストリアの方言と東オーストリアの方言は全く違います。方言についてはまた今度もっと詳しく書きたいので、別の機会に譲りたいと思います。

 

アレマン語の方言とバイエルン・オーストリア語の方言の他に、実は3つ目のグループとしてÖsterreichisch (エースタァライヒッシュ)というのがあります。
つまり日本語に訳すと「オーストリア語」ですね! でもこのオーストリア語は方言ではなく、ドイツ語の言語変種(ドイツ語でSprachvariante = シュプラーハ・ウァリアンテ)です。言語学ではÖsterreichisches Standarddeutsch (= エースタァライヒッシュエス・シュタンダルトドイチュ)と言われています。名前が示すようにスタンダードな標準語として、地域に依存した方言とは別に存在していると考えられます。このオーストリア語が使用されているのは基本的にフォーマルな場面です。例えばテレビのニュースで行われる政治家の発言でもよく聞く事があります。
オーストリア語とドイツで話されるドイツ語は何が違うのか?、それは単語や文法、そしてイントネーションです。興味があれば、オーストリアの公共放送ORFの最も有名なアナウンサーであるArmin Wolf とドイツの公共放送 ARDのニュース番組Tagesschauのアナウンサーの動画を聴き比べてみてください。発音とイントネーションの違いがすぐ分かると思います。

 

 

 

オーストリア語のコンプレックス

 

さて、言語学的にはÖsterreichisches Standarddeutschと呼ばれている「オーストリア語」が存在していることが判りました。
でも、実はオーストリア人はこのオーストリア語に関してけっこうコンプレックスを抱いています。ドイツとの対比からのコンプレックスです。言語学者Stefan Dollinger はそれに注目し、2021年にオーストリア語を弁護する本を出しました。Dollingerによればオーストリアの学校では、「正しいドイツ語は、ドイツで話されるドイツ語である」と子供に教えているとのことです。Dollinger自身も高校生時代に先生からオーストリアドイツ語の辞書(Österreichisches Wörterbuch)ではなくて、ドイツのDudenの辞書を買った方がいいと勧められた事があるそうです。なぜならその先生によると、『DudenはポルシェでありÖsterreichisches WörterbuchはVolks Wagenのビートルである』からだそうです。また、オーストリアで子供に綺麗に話す事を教えるとき、この「綺麗」というのはドイツのドイツ語で話すことを意味しているとDollingerは批判しています。その影響でオーストリア人はドイツのドイツ語を話しているTagesschauのアナウンサーの発音が、自国のORFのアナウンサーの発音よりも知的にこえると思ってしまうそうです。

 

興味深いのは、同様の問題があると思われるスイスではそうではないということです。スイスは社会階層とは関係なしに農家から大学の先生に至るまでみんながスイスドイツ語を話します。それはスイスが政府的にも経済的にも、より独立しているからと考えられます。オーストリアがスイスのようにドイツと一線を画するのは中々難しいです。特に、第三帝国の時代には、オーストリア自体の存在が否定された歴史もありました。戦後にドイツから離れたつもりでオーストリア独自の辞書を作りましたし、なるべく「ドイツ」という言葉を使いたくなくて学校のドイツ語の授業を「ドイツ語」(Deutsch) から「授業語」(Unterrichtssprache = ウンタァリヒツ・シュプラーヘ)に改称したりしました。結局いつかの間にかまた「ドイツ語」(Deutsch)に戻りましたが・・・。

 

このブログ記事の執筆のために読んだインタビューや新聞記事の結論はどれも同じです。ようは、オーストリア人はオーストリア語にもっと自信を持つべきだということです。オーストリア人としてのアイデンティティーの面でもこれはとっても大切です。スイスから学ぶことも多いかもしれませんね。

では、

Bis zum nächsten Mal!

 


参考ホームページ

 

Der Standard 2021 Ist Österreichisch eine eigene Sprache? (https://www.derstandard.de/story/2000126376002/ist-oesterreichisch-eine-eigene-sprache)

 

Der Standard 2021 Jutta Ransmayr: “Österreichisch ist keine eigene Sprache” (https://www.derstandard.de/story/2000129917415/jutta-ransmayr-oesterreichisch-ist-keine-eigene-sprache)

 

Der Standard 2020 Österreicher halten stärker an regionaler Sprache fest als Deutsche (https://www.derstandard.de/story/2000112783861/oesterreicher-halten-staerker-an-regionaler-sprache-fest-als-deutsche)

 

Der Standard 2020 Sprachforscher Dollinger: “Österreichisches Deutsch sollte man feiern” (https://www.derstandard.de/story/2000120531320/sprachforscher-dollinger-oesterreichisches-deutsch-sollte-man-feiern)

 

Dollinger, Stefan (2021) Österreichisches Deutsch oder

Deutsch in Österreich? Identitäten im 21. Jahrhundert (https://www.newacademicpress.at/wp-content/uploads/asolmerce/download-1340-leseprobe_dollinger.pdf)

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