オーストリア産の最高の「白い金」 ― 塩

 

オーストリアは塩が多く採れる国です。ちょっと意外かもしれません。ヨーロッパの真ん中に位置しているオーストリアには海がないのに、どうして塩が採れるのでしょうか?

実はアルプス山脈の中に塩があるのです

全ての塩は海からくるので、アルプス山脈の中にある塩も何億年前にヨーロッパの陸が海の中にあった事に起因しています。

海の一部が湖となり、干し上がった塩が、アルプス山脈が発生したときに山の中に封じ込められたのでした。

近年、深く考えずに、毎日のように塩を使用しますし、ヒマラヤロックソルトなど遠方の塩でも簡単に手に入れられますが、昔は大変な労働を費やして鉱山から採掘しないといけなかったので、塩はまるで宝物のように貴重なものでした。

そのため、塩はよく「白い金 (weißes Gold)と呼ばれました。

オーストリアで採掘されている塩の歴史の中で、最も興味深いところは、塩の歴史は新石器時代から現在まで脈々と続く社会や文化の変化、技術開発、オーストリアの繁盛との繋がりが見えることです。

 

 

山の奥からきた白い金

 

世界で一番歴史が長い塩坑はオーストリアのハルシュタット(Hallstattにあります。7000年前から岩塩がハルシュタットで採掘されています。

つまり金属の道具が発明されるよりも前にすでに塩を山から掘り出す技術があったのです。

その当時は鹿の角から作られた道具を使用していました。

その後、ヨーロッパは青銅器時代(紀元前1390年~1020年)と呼ばれている時代を迎えますが、その頃は銅の手斧を使って石灰岩にトンネルを通しました。

人間の技術能力が向上したことで、塩坑が大幅に拡大しました。

しかし、その時代に山崩れで埋まってしまった坑道は、鉱業がどのくらい困難で危険な作業だったかを如実に表しています。

なぜ昔の人はそんな過酷な労働をしてまで塩を手に入れたかったのでしょうか?

その理由の1つは、まず、塩、厳密に言えば塩化ナトリウムは人間の身体に必要不可欠だからです。神経から筋肉まで、健康な身体を形成するのに塩は不可欠です。ただ、今は塩を過剰摂取しすぎないよう減塩しないといけない時代になってしまいましたけどね。

2つ目の理由は冷蔵庫がなかった頃、塩が食べ物の保存に使用されていたからです。塩漬けは自然の冷蔵庫と言えるくらい、特に肉を安全に保存できる方法でした。

そして紀元前900年からハルシュタットの塩坑が最盛期に入りました。

採掘の方法を変えて、それまでの垂直方向に深い坑道ではなく、塩脈に沿った水平に広がる巨大な採掘空間を作りました。現在、最も良好に探査された採掘空間には6階建ての建物が15棟くらい入ります。

鉄の道具だけで作業したので、大きな労働力が必要で、塩の採掘には小さい子供も含めた集落のみんなが塩坑で作業しました。

その頃の墓から発見された骨を検査したところ、骨の消耗具合から分業が図られていたことが判明しました。男性の仕事は塩坑の中で岩塩を採掘し、女性と子供は特別なリュックサックを背負って塩を外まで運び出す作業をしていたようです。その時代でも効率が大切だったので、リュックサックは約30キロの塩が入れられるだけではなく、背負ったまま中身を取り出すことができる構造になっていたようです。

採掘された塩の量が増えると、塩は貴重な商品になりました。ハルシュタットは塩のお陰で経済や文化の面で重要な拠点になっていたので、特に紀元前800年〜400年はハルシュタット時代 Hallstattzeit)、またはハルシュタット文化(Hallstattkulturと呼ばれる1つの時代を築きました。

現代のわたしたちがハルシュタット時代のことについて何故色々知ることができたかと言うと、これも塩のおかげなのです。

当時、壊れた道具や不要となった物はそのまま山の中に捨てられましたが、食べ物が保存されるのと同じように、山中の塩が採掘した人の道具や布を綺麗な状態のまま保存してくれたのです。2000年以上も前の人間の大便も見つかりました。

その大便を調べたところ大変興味深いことが判りました。大便の成分を検査したら、リチェルト(Ritschert)と呼ばれる今でもアルプスで食べられている大麦と肉のシチューによく似た食べ物が検出されたのです。

塩のお陰で裕福になった地域

 

ハルシュタット時代が終わりに近づくと、塩坑も少しずつ減少したそうです。

しかし、オーストリアの塩の歴史はハルシュタット文化で終わる訳ではありません。

最初の最盛期のほぼ1000年後、塩の採掘と商売が再び地域の生命線として戻ってきました。塩がお金のように使用されていて、ドナウ川を航行する船はリンツ(Linz)を通過するために関税を塩で払わないといけませんでした

そしてハプスブルク帝国は、塩坑が集中しているザルツカンマーグートという地域に特別な恩恵を与え、例えば多くの税金が免除されたり、塩坑で働いていた男性は大事な労働者として兵役を免除されたりしました。

ちなみに、塩の影響は地域や町の名前からも明らかです。

塩が採掘されている地域によく使われている「ハル」(Hallはハルシュタットやザルツブルク州にあるハライン(Hallein)の名前に含まれています。

その意味はまだ議論されているそうですが、塩または塩の採掘に関係ある言葉だと考えられています。

他にも、地名にザルツ(塩)そのものが入っている場所もあります。最もわかりやすいのがザルツカンマーグート(Salzkammergut 地域やザルツブルク州ザルツブルク市(Salzburgです。

特にザルツブルク市は塩のお陰で大きな富を築き上げました。あのザルツブルク市の有名なバロックの建物は塩商売の利益で建てられました。「ザルツブルク」を逐語的に訳したら、「塩の城」という意味です。

採塩はまだまだオーストリアの経済にとって重要な産業です。現在、Salinen Austria AGがオーストリアで塩を採掘している唯一の企業です。公営企業として設立されたSalinen Austria AG ですが1997年に民間に売却されて現在も一般企業として存続しています。

そして「塩坑」の原語「Salzwelten」(ザルツウェルテン)は、直訳すると「塩世界」です。もし興味あればこの会社が運営している塩鉱山ツアーに参加してみてください。文字通りこの「塩世界」をリアル体験することができます。

 

 

ところで、塩をこぼすと不幸になるという昔の迷信もあります。

もしうっかり塩をこぼしてしまったら、その時はこぼした塩を少し手に取って左肩の後ろに向かって投げないといけません。塩が左肩の後ろにいる悪魔の目に入って、これで不幸を追い払うことができるのです。この迷信を信じていなくても、この行為をする人はいまでもまだいると思います。かくいう私も、なぜかよくわかりませんが、塩をこぼしたら、自然と左肩の後ろに投げています。

 

それでは、みなさんも左肩の後ろにいる悪魔には気をつけてくださいね。もし塩をこぼしたときは、不幸が起こらないように、左肩の後ろへ思い切り塩を投げつけてみてください。

 

Bis bald!


参考HP

 

Land schafft Leben:

 

 

 

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