スイスの国民的ゲーム「ヤス」

皆様はトランプなどカードゲームで遊ぶ習慣はありますか?

お子様がいる家庭ではババ抜きを始め、トランプを使って様々なゲームを楽しむことがあると思いますが、アメリカ人のようにポーカーやブリッジをするために大人同士で定期的に集まってトランプをする人は意外と少ないのではないでしょうか?

そのため、日本では競技レベルでカードゲームを楽しむのは一部の人に限られているようなイメージもありますが、実際はそうでもなさそうです。

というのも、「かるた」に関しては学校で専門俱楽部が存在し、プロが出場する各種大会も開催されていますので、決して日本人がカードを使った競技に縁がない訳ではありません。

それどころか、かるたは日本人であれば誰もが持っていて、ルールを改めて説明する必要もないほど世間一般に知られている国民的ゲームと言っても過言ではありません。

そんな日本を代表するかるたと同様に、実はスイスにも「ヤス」(Jass)と呼ばれている国民的ゲームがあるのをご存知でしょうか?

皆様の中にはご存知の人もいると推測しますが、殆どの方はその名前すら聞いたことがないと思います。

したがって、今回は皆様にせめてその存在だけでも知っていただこうという願いを込めて、スイスの国技にも匹敵する「ヤス」をご紹介させていただきます。

 

オランダで生まれ、スイスで最もポピュラーになったカードゲーム

 

そもそもスイスでトランプを含むカードゲームが何時ごろから普及したかについては不明な点が多いのですが、1367年にベルン(Bern)でカードゲームを禁止する条例が出されたことを裏付ける記録が残っていることから、カードを使った遊びが遅くとも14世紀に庶民の娯楽のひとつであったことが窺えます。

また、15世紀にはバーゼル(Basel)の印刷会社が公文書を印刷する目的で大量の印刷紙を仕入れたものの、予想が外れて行政側から依頼が殆どなかったため、それらをトランプの印刷に使用したことも分かっており、トランプの需要が如何に高かったかを示しています。

当時、スイスのみならず、ヨーロッパ全土で主流のカードゲームとなっていたのは北イタリアを発祥とする「タロッキ」(Tarocchi)こと「タロット」でした。

しかも、その人気は数世紀にわたって衰えることなく、18世紀にはタロットを知らぬ者はいないほどスイス全国で普及していました。

しかし、18世紀後半にスイスの傭兵がオランダで流行っていた「クラーフェルヤス」(Klaverjas)というカードゲームに遭遇し、それを「ヤス」という名前でスイスでも広めたことで状況が一変します。

当初、「ヤス」は傭兵が暇潰しとして楽しんでいたゲームに過ぎなかったのですが、徐々にスイス各地で知れるようになり、19世紀には一部地域を除いてタロットを上回る爆発的な人気を誇るゲームになっていました。

さらに、オランダの「クラーフェルヤス」はフランス式トランプを使用するのに対し、スイスの「ヤス」では1870年代頃からスートも絵柄も異なる専用のトランプが開発されただけでなく、オランダのオリジナルにはない複数の新たなプレイスタイルも誕生したのです。

そして、20世紀に入ると各家庭を始め、様々な場所で気軽に遊べる定番のゲームに発展し、数多くのクラブも結成され、全国大会まで開催されるスイスの国民的ゲームに発展しました。

 

ヤスカード

 

このように、ヤスはスイスの代名詞とも言えますが、実はスイスのみならず、スイスに近いリヒテンシュタインやオーストリア西部、ドイツ南部、フランスのアルザス地方(Alsace)、およびイタリア北東部でも一般的に知られており、今や国境を越えて広範囲で楽しまれているゲームです。

そのため、地域によってフランスタイプやドイツタイプなど様々なトランプが使用されています。

しかし、中央スイスを始め、多くの地方では19世紀後半に誕生した「ヤスカード」(Jasskarte)と呼ばれているスイスドイツタイプを使うのが普通で、大会等でもそれを正式なプレイカードとして用います。

このヤスカードは皆様がご存知のスペード・クラブ・ダイヤ・ハートではなく、「アイフレン」(Eicheln)、「ローゼン」(Rosen)、「シルテン」(Schilten)と「シェレン」(Schellen)、即ちどんぐり・バラ・盾・鈴・という全く別のスートから構成されているのです。

また、絵札に関しても多少の違いがあり、お馴染みのキング・クイーン・ジャックはヤスカードでキング・上ジャック・下ジャックに相当する「ケーニヒ」(König)・「オーバー」(Ober)・「ウンダー」(Under)となっています。

さらに、大半のトランプで「10」に該当するカードは数字札であるのに対し、ヤスではそれが「バナー」(Banner)と称され、「旗」の描かれている絵札なのです。

そして、通常のトランプには合計52枚のカードがありますが、ヤスでは各スートの2~5を抜いたA、K、Q、J、10、9、8、7、6から成る計36枚のみを使用します。

そのため、ヤスカードには元から2~5のカードが存在せず、それぞれエース、ケーニヒ、オーバー、ウンダー、バナー、9、8、7、6で構成される36枚のカードがフルセットとして販売されています。

 

ヤスカード一式: 上から「アイフレン」(どんぐり)、「ローゼン」(バラ)、「シルテン」(盾)、「シェレン」(鈴)
ヤスカード一式: 上から「アイフレン」(どんぐり)、「ローゼン」(バラ)、「シルテン」(盾)、「シェレン」(鈴)

 

ヤスの遊び方

 

既に申し上げたように、ヤスには幾つかのプレイスタイルがありますが、基本的なルールは共通していますので、それを簡単にご説明いたします。

ヤスはトランプを使用するカードゲームの中でもポイントトリックゲームに分類されます。

つまり、各プレイヤーに同じ枚数のカードを配った後、ひとりのプレイヤーが任意のカードを1枚出してから他のプレイヤーも順番にカードを1枚出し、最もランク(ポイント)の高い札を出したプレイヤーがトリック勝者となるプレイスタイルです。

基本的には最初のプレイヤーが出したスートを同じスートでフォローする必要がありますが、持ち札の中にそれがない場合は別のスートを出します。

この時、代わりに出したカードのランクが高くても、同じスートをフォローしなければトリック勝者にはなりません。また、一度トリックに出たカードは勝者によって回収され、再度使用することはできません。

したがって、全ての持ち札を使い果たすまでトリックを繰り返し、終了時に回収したカードの合計ポイントが最も高いプレイヤーがゲームの勝者となります。

さらに、ヤスには大半のポイントトリックゲームと同様に切り札スートを決めるルールが存在します。切り札スートとは各ゲームを開始する前にそのゲームの全トリックにおいて他のスートに勝るスートのことです。

通常、最初のプレイヤーが出したリードスートをフォローしてよりポイントの高いカードを出さないとトリック勝者にはなれませんが、切り札スートはリードスートよりも強いスートと位置づけられているので、フォローしなくても切り札スートを出せばトリック勝者になれるという訳です。

因みに、ヤスにおいても数字が高くなるほどランクも上がり、最も強いカードはエースですが、切り札スートのみジャックに値するウンダーを「バウアー」(Bauer)と呼び、他の全カードに勝る最強切り札になります。

また、切り札スートの「9」に相当するカードも「ネル」(Nell)と称され、バウアーに次ぐ2番目に強いカードとされているのです。

これらの要素によって通常のポイントトリックゲームがより複雑になり、勝つためには切り札を意識して出すカードを選択する必要があります。

 

スイスの飲食店ではヤスカードも当たり前のように注文できる

 

多くのカードゲームでは手元に入ったカードがゲームの流れを決めるため、実力よりも運が重要と思われがちですが、ヤスに関しては相手が出した札の動向を観察してゲーム全体の経過を予測することで勝敗が左右されますので、競技レベルともなれば集中力と洞察力、そして戦略などのスキルが欠かせません。

したがって、単なる娯楽要素に加えて、競争心や腕試しへの意欲も促す点がヤスの魅力であり、それが普段から対抗意識が強めのスイス人の間で絶大な人気を誇る理由でもあります。

もちろん、暇潰し感覚で遊ぶ人もいれば、競技として真剣に打ち込む人もいて、目的はそれぞれ異なるものの、ヤスは時間があれば場所を問わず老若男女が楽しんでいるゲームです。

というのも、兵役中の軍人が電車の中でヤスをしている光景を目撃するのは決して珍しくありませんし、夕方以降にスイスで飲み屋に行けば、必ずと言っていいほどヤスをしているグループに会います。

しかも、その目的のために大半の店舗はヤスカード、専用のカーペット、ならびにポイントを計算するための黒板とチョーク一式を揃えており、店員に声をかけると誰もがそれを借りて店内で気軽にヤスを楽しめるようにしています。

つまり、スイスの飲食店でビールを注文するついでに「ヤスカードもちょうだい」と言うのは不思議でもなんでもなく、日常なのです。

さらに、ヤスの存在はスイスのテレビにおいても大きく、スイス公共放送局(SRF)では2週間に1度、土曜日の夕方に「サムシュティク・ヤス」(Samschtig-Jass)という4人のプレイヤーによるヤス対決番組を放送しています。

この番組はなんと1968年に放送が開始されて以来、50年以上も続いているため、スイスのみならず、世界的にも最も長く継続されているバラエティー番組のひとつです。

日本でも競技かるたがテレビで放送されることはありますが、プロでない一般人による対戦をバラエティー番組にしたものはないことを考えると、スイス人にとってヤスがもはやゲームを超えた一種の文化であることが分かります。

 

ヤスをする際にポイント計算するための専用の黒板(チョークとスポンジ付き)
ヤスをする際にポイント計算するための専用の黒板(チョークとスポンジ付き)

今回はトランプという馴染み深い内容でありながらも、殆どの方が初耳だったのではないかと思うヤスに関するお話でしたが、如何でしたか?

もちろん、ゲームですからやってみないとしっくり来ないでしょうし、説明だけではその面白さも伝わりにくいため、本記事を通じてスイスにこのような大衆文化があることを知るきっかけにしていただければ幸いです。

もし、皆様の中にヤスを実際にやってみたいとご興味を持たれた方がいましたら、様々なアプリやインターネットで対戦できるサイトがありますので、是非一度ヤスを試してみることをお勧めします。

ネット上でのプレイではスイスドイツ語を喋る必要もないですし、基本的に匿名で参加することから、慣れない初心者でも余計なことを気にせずにヤスを楽しめます。

しかも、お家にいながらスイスの文化に触れることができるだけでなく、そこから新たな交流なども広がるかもしれません。

したがって、普段とは違う体験をする意味でもヤスに挑戦してみませんか?

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
カードゲーム Kartenspiel

(カーテンシュピール)

Charteschpiil

(ハルテシュピール)

ババ抜き Schwarzer Peter

(シュヴァーツァー・ペーター)

Schwarz Peter

(シュヴァルツ・ペーテル)

学校 Schule

(シューレ)

Schuel

(シュエル)

暇潰し Zeitvertreib

(ツァイトフェアトライプ)

Ziitvertriib

(ツィートフェルトリープ)

スート Kartenfarbe

(カーテンファーベ)

Chartefarb

(ハルテファルプ)

キング König

(ケーニヒ)

König

(ケニク)

ジャック Bube

(ブーベ)

Bueb

(ブエプ)

ルール Regeln

(レーゲルン)

Regle

(レグレ)

真剣に ernsthaft

(エアンストハフト)

ernschthaft

(エルンシュトハフト)

チョーク Kreide

(クライデ)

Chriide

(フリーデ)


参考ホームページ

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