スイスの国技

スイスはクラブの数が世界一多いと言われるほどクラブ活動が盛んで、国民の約半分が最低1つのクラブに所属しているとの統計まであります1

日本でも、少し前に世間を騒がせた「桜を見る会」を始め、「○○の会」が全国各地に多く存在し、その点では決してスイスに負けていません。

しかし、それらを内容別で比較してみるとスイス、そしてドイツもそうですが、スポーツクラブが大半を占める一方、日本ではスポーツ以外のクラブが多いようです。

そのため、近年では日本の地方自治体が地域住民の交流や地元愛を育む場を設けるといった観点から、特にドイツのクラブ活動に着目していて、日本でも普及させる取り組みを行っています。

日本人は一般的にスポーツが好きな印象を持っていますので、むしろ民間のスポーツクラブが比較的少ないことが不思議です。

というのも、私は様々な国や地域の方とお会いする機会がありますが、今まで「スイスの国技って何?」と、質問してきたのは日本人以外にいませんでした。このような経験から日本の皆様はスポーツにかなりの関心があるとつくづく感じさせられます。

したがって、今回は日本で意外と興味を引いているスイスの国技についてのお話をさせていただきます。

 

 

 

シュヴィンゲン

 

スイスの国技は主に3つありますが、それらは何れも外国で知名度が低く、国内での競技人口も数千人とかなりマイナーなスポーツと言えます。

その中でも一番有名で、スイスを代表する競技でもあるのが「シュヴィンゲン」(Schwingen)です。

シュヴィンゲンはドイツ語で「スイングする」という意味で、その言葉通り、相手を投げ倒す格闘技の一種ですが、スポーツとしてはフリースタイルレスリングに分類されます。

シュヴィンゲンは元々アルプスの牧人たちが暇な時に力比べとして行ってきた遊びで、1600年頃から、現在のそれに近いルールを定めた競技としてお祭りや行事に際して大会が開催されるようになりました。

そして、19世紀以降はシュヴィンゲンが牧人の多い地方のみならず、都市部でも盛んな競技になり、全国的な普及とともにプロスポーツとなったのです。

レスリングに似ていると言われるだけあって、シュヴィンゲンでは大鋸屑を敷き詰めた円形のリングで2名の選手が1対1で戦います

最初に相手の両肩を地面に押し付けた選手が勝者となりますが、シュヴィンゲンでは「シュヴィングホセ」(Schwinghose)と呼ばれるドリルの短いズボンを着用しなければならず、相手に技を仕掛ける時はそのズボン以外掴んではいけないのが規則です。

このルールは廻しを掴む相撲と似ていることから、シュヴィンゲンはレスリングよりも日本の相撲に近い競技とされることも少なくありません。

ただし、相撲のように相手をリングの外に押し出すだけでは不十分で、あくまで投げ技を用いて相手を仰向けにする必要があります。

また、相手を投げ倒す技も120種類以上存在し、中には柔道の技を連想させるものもあることから、シュヴィンゲンはむしろスイス式柔道ではないかと言う人もいます。

「シュヴィンゲト」(Schwinget)の名で知られる一般的な大会はトーナメント方式ではなくポイント方式で行われ、各選手は順番に5人の相手と対戦し、その5戦でより多くのポイントを獲得した2名が決勝に進むという仕組みです。

しかも、ポイントは勝敗を問わず、3名の審判によって魅力的な戦い方をしたかを基準に両選手にそれぞれ与えられ、時間稼ぎや危険行為などに及んだ選手は警告を受け、それらを繰り返すと減点が課されるのがシュヴィンゲンの特徴です。

さらに、優勝者には賞金ではなく、木の枝でできた冠と牛がプレゼントされ、国技に相応しいスイスらしさが表れているのもシュヴィンゲンの魅力のひとつであると言えます。

 

シュヴィンゲン

 

シュタインシュトーッセン

 

シュヴィンゲンと並んでスイスの国技に指定されているもう1つのスポーツには「シュタインシュトーッセン」(Steinstossen)があります。これは直訳すると「石投げ」という意味で、その名の通り、石を投げてその飛距離を競うスポーツです。

シュタインシュトーッセンはその単純な動作と原始的な内容からも推測できるように、既に先史時代から鍛錬の要素を含めて行われてきたと考えられており、現在も世界各国に類似の競技が存在します。

その中で最も認知度が高く、皆様もよくご存知なのが、陸上競技の一種でオリンピック種目でもある砲丸投げです。

ただし、シュタインシュトーッセンでは砲丸投げと違って鉄球ではなく、石が用いられ、その重量も50キロから100キロとかなり重いものを使用するのを特徴としています。

当該競技もまた牧人たちが力比べのために行った遊びを起源とし、シュヴィンゲンと同様にお祭りや行事、特に射撃大会と共に開催される競技から独自のプロスポーツへと発展しました。

また、大会によっては石の重量のみならず、助走を付ける、助走を付けない、両手もしくは片手のみで投げるなど動作にも様々なバリエーションがあります。

現在、シュタインシュトーッセンで最高峰と呼ばれ、国外からも注目されている大会はスイス文化に関する最大の祭典であり、200年以上の伝統を誇るウンシュプンネンフェスト(Unspunnenfest)です。

1805年に初回を迎えて以来、今日までにわずか10回しか開催されていないこのお祭りではシュタインシュトーッセンがメインイベントのひとつで、なんと167ポンド(83.5キロ)の大石を投げて競います。

この重量による通常以上の難度に加え、大会の開催頻度も極めて少ないことから、ウンシュプンネンフェストは最も格式高い選手権と位置づけられており、そこで優勝することは選手として最大の名誉とされています。

 

シュタインシュトーッセン(写真:Pakeha、CC BY-SA 4.0

 

ホルヌッセン

 

続いてご紹介するスイスの3つ目の国技は個人競技であるシュヴィンゲンやシュタインシュトーッセンと違って団体競技として行うホルヌッセン(Hornussen)です。

このスポーツがいつ頃誕生したかについては判っていませんが、17世紀以降にベルン州(Kanton Bern)東部の農村を中心にそのような競技に言及する資料がしばしば見られるようになったことから、少なくとも300年ほど前には現在に近い形が完成していたと思われます。

内容を簡単に説明しますと、ホルヌッセンでは先端が鞭のように柔軟性のある棒を使って、ノウス(Nouss)と呼ばれるアイスホッケーのパックに似た合成樹脂製の小さな円盤を打ち、それを離れた先にあるリース(Ries)というフィールドに飛ばすのが目標です。

ただし、リース内には相手チームが待ち構えていて、飛んでくるノウスを大きな板でキャッチしようとします。

ノウスをリースに落ちる前に板でキャッチできれば防衛成功となりますが、ノウスが板に止められることなくリースに落下した場合は守備側のチームにポイントが1点課せられます。

攻撃側のチームの選手全員がノウスを2回ずつ打ち終えるとチェンジし、今度は相手チームの選手が2回ずつノウスを打って、これを2ラウンド繰り返した末にポイントが低い方、つまりノウスをリースに落下させた回数が少ない方のチームが試合の勝者となります。

したがって、ホルヌッセンではノウスを狙い通りに飛ばす正確な打撃技術と同時に高速で移動するノウスを捕らえる守備力も求められるため、ゴルフに野球の要素を付け加えた競技であると言えばその本質が一番分かりやすいと思います。

実際に国外では「スイスゴルフ」(Swiss Golf)という別名が使用されることも少なくありません。

因みに、ホルヌッセンという競技名はスイスドイツ語でスズメバチを指すホルヌッス(Hornuss)に由来し、ノウスが飛んでいく際にブーンとうなるような音を立てることからそのような名前が付けられました。

 

ホルヌッセンで台の上に置いたノウスを打つ瞬間(写真:Roland Zumbühl、CC BY-SA 3.0

 

かなりざっくりでしたが、以上がスイスの国技に関するご説明です。

どの競技も筋力が要となるため、それらが男子競技である印象を受けられたのではないでしょうか?

確かに、スイスの3つの国技は長い間ほぼ男性しかやらないスポーツでしたが、決して女性が参加できなかった訳でも、女性選手がいなかった訳でもありません。

また、数十年前からはそれぞれの競技を普及させる狙いもあって、女性の競技人口を増やす取り組みまで行われてきたほどです。

特に、シュヴィンゲンに関しては男子とは別に女子連盟が存在し、年齢に応じた専用のリーグで独自の大会が開催されています。シュタインシュトーッセンとホルヌッセンには現時点で残念ながら女子連盟は設立されていませんが、将来的に個別のリーグを立ち上げることを見据えて既に女性のみが参加可能な女子選手権が実施されています。

したがって、性別や年齢に制限はございませんので、ご興味のある方は是非一度スイスの国技を観戦してみて、自ら選手になることも視野に入れてみませんか?

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

1出典:スイス連邦統計局:

https://www.bfs.admin.ch/bfs/de/home/statistiken/bevoelkerung/migration-integration/integrationindikatoren/indikatoren/mitgliedschaft-verein-gruppe.html#accordion1629685052800

 


 

今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
フリースタイル Freistil

(フライシュティール)

Freyschtil

(フレイシュティール)

大鋸屑 Sägemehl

(セーゲメール)

Sägmähl

(セグメール)

地面 Boden

(ボーデン)

Bode

(ボデ)

ドリル Drillich

(ドリリヒ)

Trilch

(トリルフ)

掴む greifen

(グライフェン)

griiffe

(グリーッフェ)

砲丸投げ Kugelstoßen

(クーゲルシュトーッセン)

Chugelschtoosse

(フゲルシュトーッセ)

Eisen

(アイゼン)

Ise

(イセ)

重量 Gewicht

(ゲヴィヒト)

Gwicht

(クヴィフト)

助走 Anlauf

(アンラウフ)

Aalauf

(アーラウフ)

スズメバチ Hornisse

(ホルニッセ)

Hornuss

(ホルヌッス)

 

参考ホームページ

スイス歴史辞典:スイスの国技

https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/016328/2010-10-21/

スイスシュヴィンゲン連盟オフィシャルサイト

https://esv.ch

スイス女子シュヴィンゲン連盟オフィシャルサイト

https://efsv.ch

スイスホルヌッセン連盟オフィシャルサイト

https://ehv.ch

現役選手が運営するシュタインシュトーッセン総合サイト

https://www.steinstossen.ch/willkommen/

ウンシュプンネンフェストオフィシャルサイト

https://www.unspunnenfest.ch

 

 

 

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