Sieとduに見るドイツ語会話事情
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皆様こんにちは。
今日は地域変種からは少し離れますが、ドイツ語の中でも基本文法として学ぶ、二人称Sieとduにまつわるドイツ語の機微に触れていきたいと思います。
この二つの二人称は私たちがドイツ語を学ぶときに、日本語の敬語と比較されながら勉強することが多いと思います。
「敬語はSie」と覚えた方も多いのではないでしょうか。
確かにその解釈は間違っていないのですが、場合によってはその解釈のまま一貫してSieを使い続けると距離を取られている、もっと言ってしまうと感じが悪いと話し相手に受け取られることもあり得るのです。
実はドイツ語ネイティブの人々も、日々の会話の中でSieとduの選択に迫られ、話し相手といわば交渉していると言えます。
今日はそんなSieとduの「敬語か友達との会話か」以上のコミュニケーション上の事情を見ていきたいと思います。
ビジネスの場面ではSie?
二人称を使った会話というのは、毎日人とのコミュニケーションをドイツ語で行う人々にとっては必ず発生するものだと思います。
家族や友達、同僚、お客さん、店員さんなどなど、その二人称の対象となる人との関係性は様々です。
その中でSieを使うか、duを使うかという選択が難しく、会話の中で探っていく必要がある場合も結構あります。
私自身そういうことが多いなと感じているのがビジネスの場での会話です。
実は最近ドイツで生活している日本人の友人と、この二人称を巡り、軽い議論になりました。
この友人がある日、仕事で上司とお客さんとのミーティングに参加しました。
この上司とお客さんはこれまでビジネス上でのやりとりが何回もあったようで、既にお互いにduで話す仲が成立していました。
私の友人は今回初めてこのお客さんと会ったのですが、上司とお客さんが既にduで呼び合う仲だったこともあってか、このお客さんは私の友人に対してもduで話しかけたのだそうです。
これについて私の友人はあまり良い印象を持たなかったということでしたが、一方で、もしかしたら既にduで呼び合う関係性が成り立っている上司もその場に同席していたからかもしれない、とも考えていました。
この友人は「ビジネスの場ではSieを使い続けたい」という考えや、「初対面の相手だし」という思いから、このお客さんに対しては最後の挨拶まで一貫してSieを使い続けたということでした。
この話を聞いた私は、この友人のあまり良い感じがしなかった、という気持ちは理解できたものの、一方で相手がずっとduで話しかけているのにSieで話し続けるというのは、正直相手に与える印象は良くないと思う、と率直に自分の印象を述べました。
確かにビジネスの場で、初対面にもかかわらずいきなりduで話しかけられるというのは「Sieを使いますか、それともduを使いますか」というお互いの共通認識を定めるところを無視していると感じられるので、それがたとえお客さんであっても、私も「なんだかなあ」とモヤついてしまうかもしれません。
その一方、もしかするとこのお客さんは、友人の上司との間ではduの関係性が成り立っているという中、初対面で参加してきた友人を輪の中にインテグレートしようという意図があった可能性もあります。
このように生まれた共通認識の不一致は、会話を実行する人たちの間のコミュニケーションを円滑に進めることを難しくする可能性があります。
それではこの話の正解はどこにあるのかというと、それもまた結論を出すのが難しいのです。
というのも正解は一つではないからです。
友人が、モヤっとする気持ち、あるいはどっちを使うべきなのかわからない困惑した気持ちを抱えたまま、相手はお客さんなのだし、とりあえず先方に合わせてこの場はduを使うことで、そもそも共通認識を作り上げるという過程を無視してコミュニケーションを取ることはできます。
ただ、これは友人にとっては気持ちの良いものではないでしょうし、もし次回のミーティングで、さらに参加者が変わる場合、次もduを使うべきなのか不明確な状態になります。
かといって、相手がduで話しかけてくる中ずっとSieを使い続けるというのは、距離をとられている、あるいは線をひかれているように受け取られ、それはそれで今後のコミュニケーションがやりにくくなる可能性があります。
これを解決するのに重要なのは、何度も出ているのですが、共通認識を定めるということだと私は考えます。
そしてこの共通認識を定めるという行為はドイツ語ネイティブの人も、会話の中でかなり直接的に行なっています。
Sieかduか:共通認識を定める
私の友人のような状況にある時、私たちはどのように対応していけば良いのでしょうか。
最も簡単で、かつ一番手っ取り早くクリアになるのが、直接聞いてしまうということです。
今回の例では、お客さんである相手は共通認識を定めるという過程をすっ飛ばしてきているわけですが、友人にとってはまだ不確かな状態です。
なので、二人称で話しかけるタイミングが来たら、Sieを使いつつ „Oder soll / darf ich Sie auch duzen?“ と聞くことで、こちら側もはっきりとした認識を作ることができます。
相手がduzen(=二人称にduを使う)しているのに、こちらはduzenしないでほしいと言われることはないと思うのですが(少なくとも私は経験したことないというだけなのですが)、これによりこちらもこの場ではduを使って良いのだということが分かります。
直接的に聞きづらいという場面や、この質問を入れることで話の腰を折ってしまうと思う人もいるかもしれません。
そんな時は二人称を使うところでSie oder duといったように両方とも入れてしまうのも一つの手です。
ただこの場合、相手が特にそこに対してコメントすることなく話が進む可能性があり、何回かこのパターンを繰り返すことでやっと「duにしませんか?」という話の流れになることがあります。
「いや、でもこれだと自分はビジネスではSieを使いたいという人の意思は尊重しないということになりませんか?」という声が聞こえてきそうです。
その通りです。
もし自分がSieを使い続けたい、という思いがある場合には少し難しくなります。
相手がもしお客さんなのであれば、自分の意思よりもお客さんである相手に合わせるのが無難だと思うのですが、「お客さんはどんな人に対してもduを使ってくるけど、正直やりにくい」と思う人も当然いるのです。
ただその場合、自分の意思を通すことの方が優先されるべきコミュニケーションなのか、それとも相手に寄り添ったやりとりを優先すべき場なのか、というのは重要な判断材料になります。
これに関連した別の例を挙げると、私の夫が新卒で入った会社は、まだ従業員が十人程度の会社で、社長と駐在員一名以外は全員同じくらいの世代という構成でした。
しかし別の課の同僚の一人が「会社ではたとえ同僚であってもSieを使いたい」と、最初から夫に言ってきたそうです。
この時夫は少し違和感を覚えつつも、その人とは毎日仕事をする中で本人がSieで話すことを希望しているのだから、それは尊重しないといけないと思ったそうで、以降夫がその会社を離れるまで、この同僚とはずっとSieで話していたそうです。
同僚間、あるいは上司とも基本的にはduで呼び合うのが一般的な会社は多いのですが、こんな風に関係性によっては、はっきりと自分の意思を伝えるのも、今後関わっていく上での共通認識を定め、円滑にコミュニケーションを進めるためには重要なステップなのだと言えるでしょう。
共通認識を定めないことで共通認識を定める
逆にこのような共通認識の決定が必要ない場合ももちろんあります。
ビジネスの場であれば、最初からお互いにSieを使い、そのまま関係性が成り立ち、何回やりとりがあってもお互いにSieで話すということも当然あります。
この場合、お互いの共通認識をいちいち確認はしていないのですが互いにsiezen(=二人称にSieを使う)しているので、既に共通認識が生まれています。
この場合、今後のやりとりの中でもちろん再度「もうそろそろ何回も仕事しているしduにしない?」という認識の再検討・交渉が行われる可能性は十分にあります。
しかし、その必要性自体は一切なく、特に何も問題がないままコミュニケーションが円滑に進むことになります。
逆にduが普通の場もあります。
これはビジネスの場ではなく、家族や友達との会話の場です。
もしかすると日本人には違和感を覚える方もいるかもしれないパターンが、パートナーの両親とのやりとりです。
パートナーの両親と初対面で話すとしても、よっぽどのことがない限り基本的にはduzenになります。
さらに両親の下の名前やあだ名をいきなり使うことになります。
これは私も自分の夫の両親と初めて会った時にとても違和感を覚えました。
逆に夫が私の両親を下の名前で呼び捨てにした時には、この上なくびっくりしたのを覚えています。
最後に
今回はドイツ語では日常的に使う二人称Sieとduについて実際の例を見ながら、コミュニケーションを円滑に行うための共通認識構築や交渉に関して触れました。
二人称Sieとduは確かにドイツ語の個別事例ではありますが、共通認識構築やそれにあたっての交渉というのは何もドイツ語特有のものではありません。
日本語でも、敬語あるいはいわゆるため口の使用、相手の名前の呼び方などなど、会話中の共通認識を定めるということに関連した事象がたくさん見受けられます。
こういったものを観察・分析する研究分野もあり、例えば言語学の中でも語用論や談話分析というような分野、心理学や社会学なんかでも扱われ得るテーマです。
私自身にとってこれらのテーマは専門とは外れるのですが、日常的に得られる例を対象とした分野なので、今後少しずつ勉強しながら調査もしていきたいと思っています。
学習者の皆さんには、敬語=Sieと単純に結びつけるのではなく、実際の会話の中からどのように二人称を使い分けていくのか、そしてその際どんな風に語彙を使い分けていくのかといったようなところにも注目しながら、言語学習のみならず円滑なコミュニケーションの取り方を学んでいってもらえれば良いなと思います。









